研究者の紹介

小堀 哲生 教授 / 分子化学系

研究の着眼点 発現を抑制する核酸医薬

図1 低分子薬品、抗体医薬品、核酸医薬品のがん細胞の識別、作用の仕方

抗がん剤で、より選択的にがん細胞を攻撃する

抗がん剤を分類する際に、がん細胞をどのように識別して、どのように作用するかというのが指標の一つになってきます。広くがん治療に使われる低分子からなる抗がん剤は、白金製剤やアルキル化剤などがあり、がん細胞のDNA複製を阻害してがん細胞の増殖を抑えます。しかし、低分子ゆえにがん細胞への選択性がそれほど高いわけではなく、正常な細胞にも影響し、副作用があります。がん細胞だけを選択的に攻撃する副作用を抑えた抗がん剤として、この20年ほどで分子標的薬が急速に発展してきました。代表的なものとしては、モノクローナル抗体などの抗体医薬品であり、がん細胞表面にある受容体などを識別して、他の分子やマクロファージと共同してがん細胞を攻撃します。 細胞のがん化も元をただせば特定のタンパク質の活動によるもので、そのタンパク質をコードする遺伝子を無効化すれば、より効果的にがん細胞の増殖を抑えることができます。この考え方に基づいたものが核酸医薬品で、DNAやRNAの特定の塩基配列と相補的な20塩基程度の核酸(アンチセンス核酸)を用いて特定の部位をブロックし、がん化につながる一連のタンパク質生成を抑制するという仕組みになっています(図2)。 低分子薬品、抗体医薬品、核酸医薬品に進むにつれ、がん細胞やその活動をより選択的に識別する方向へ進んでいることがわかります(図1)。

核酸は壊れやすく、外れやすい

核酸はタンパク質などと比べ容易に人工合成でき、また、近年のゲノム解析の進展で、がん細胞に関連する様々な遺伝子、塩基配列が特定されており、核酸医薬品の概念は驚きと歓喜をもって迎えられました。 しかし、核酸医薬品の実現には、壊れやすい核酸をどうやってがん細胞のmRNAやDNAまで持っていくかという課題を克服する必要がありました。 壊れやすい核酸を、mRNAやDNAの特定の塩基配列に届けるのにはいくつかの方法があります。一つはドラッグデリバリーで、カプセルのようなものに包み、特定のがん細胞の内部で核酸を放出するという方法です。 また、せっかくターゲットの塩基配列にたどり着いた核酸医薬品も、塩基配列の数にして20程度であるため容易に外れてしまい、遺伝子の発現を十分に抑制できないという問題もあります。 小堀哲生教授は、得意とする核酸合成を武器に、外れやすい核酸に対して、幾つかのアプローチを開発しています。

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研究者紹介


小堀 哲生 教授
分子化学系

ここが自慢!私の研究 ターゲットにくっついたら外れない核酸

光で架橋反応を促進

核酸塩基は遺伝子情報をコードする分子としてもユニークですが、有機合成的に見ても、窒素や酸素などのヘテロ環化合物で反応性に富んでいます。核酸合成は、有機合成の一分野として確立されています。 小堀教授は、核酸塩基のシトシン(C)とウラシル(U)が、光反応をすることに注目して、アンチセンス核酸に光反応性分子を結合させています。ターゲットの塩基配列と、アンチセンス核酸が対をなした時に365nmの紫外光を当てると光反応性部位と核酸塩基が環形成をし、DNAやRNAとアンチセンス核酸が架橋状態となります(図2)。

他にも、核酸塩基と速やかに環形成反応しやすい分子を用して、最初は分子にキャップをしておき、紫外光でキャップを外したら反応して、DNAやRNAと架橋状態になるものを作成しています(図3)。

塩基対の水素結合と異なり、共有結合でしっかりと架橋しているため、このアンチセンス核酸は容易には外れません。この架橋性アンチセンス核酸が、核酸医薬品を安定して作用させる一つの手段になることが期待されています。

核酸の塩基と反応して発光する診断プローブ

核酸との架橋反応を応用して、無蛍光性分子とアデニン(A)を環形成させることで、架橋部分の構造が蛍光を発するようになります。これを利用して、特定の塩基配列を認識して、さらに架橋反応により蛍光するというプロセスで、蛍光診断薬として応用することも可能です。

図2 架橋性アンチセンス核酸のコンセプト がん化に関わるタンパク質生成の流れ(上)と、その流れを阻害し、がん化に関わるタンパク質の生成を抑制する本研究コンセプト

 

図3 紫外線照射でキャップを外し、塩基と環形成させて、DNAの転写を阻害する


抗体医薬品と核酸医薬品

抗体医薬品とは、主に抗体(特定のタンパク質を認識する糖タンパク分子)からなる薬品で、細胞表面にある受容体への選択性が非常に高く、がん細胞などのターゲット細胞にだけ反応し、通常の低分子の医薬品より副作用が少ないとされています。すでにいくつもの抗体医薬品が上市されており、市場規模も増加しています。核酸医薬品は、本文にあるようなメリットとデメリットがあり、上市されている核酸医薬品の数は抗体医薬品と比べるとまだまだ限られています。



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