京都工芸繊維大学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。
  • 2024年4月

    クリエイティブな閃きで難題に挑む!
    大学数学の面白い世界
    ~数学の世界における、美しく完璧な定理とは?~(前編)

    今回お話いただく先生は、「作用素環論」を扱われている数学者、武石 拓也 准教授です。
    武石 准教授にお話いただくテーマは、ずばり数学の魅力についてです。
    大学で扱う数学には、私たちが考えている数学とは全く違う魅力があるようです。
    お話を伺いながら面白い数学の世界をのぞいていきたいと思います。

    クリエイティブで面白い数学の世界

    私は数学者として「作用素環論」というテーマを扱っていますが、今回は、数学が持つクリエイティブで魅力的な世界を少しでもお伝えできればと思います。

    「数学」という学問は、難解な公式や難しい計算と相まって、緻密性や論理性、正確性が求められる世界だとイメージされる方が多いのではないでしょうか。

    たしかに高校までに習う数学については、このようなイメージが多いのかもしれません。

    ですが、大学で扱う数学は高校までの数学とは全く別物だと言えます。

    実は、数学は非常にクリエイティブであり、ひらめきや発想力がものをいう世界でもあります。

    高校までの数学は、計算や公式の暗記な具体的な作業に重点が置かれますが、大学で扱う数学は、かなり抽象的な思考で物事を考えていく必要があり、枠にとらわれない発想や時には非論理的な思考が必要となる場合もあります。

    計算というのは、あくまでも作業であって、思考や発想を具体的にしていくための道具だと言えるのです。

    これだけ違うものを大学でいきなり目にすると面食らう学生もいますが、それだけ面白い世界が待っているとも言えます。

    大胆な発想を持って証明作業をおこない、壮大な理論を組み立てる。これこそが数学者にとってのやりがいではないでしょうか。

    抽象的思考の連続

    数学が他の研究分野と圧倒的に違う点は、極めて抽象的だということです。

    たとえば、工学系の研究だと理論を組み立てて、その理論をベースに、実験をしたり、プロダクトを作ったりするなど具体的なモノやテクノロジーとしての技術が残ります。

    見たり、触ったり、体験したりするなど、具体的なアウトプットに落とし込まれるわけですが、数学の場合は、理論を生み出したり、組み立てるという作業しかありません。実際、目で見えるわけでもありませんし、触ることもできません。すべてが思考作業のみで完結してしまいます。

    では、数学者は一体何をしているのかというと、

    ①仮説を発見すること

    ②その仮説を証明すること、

    この2つになります。

    そして、この証明された仮説のことを『定理』と呼びます。

    『ピタゴラスの定理』という言葉を聞いたことがある人は多いと思いますが、これも数学者が作った有名な定理です。

    これは、直角三角形のa,bの辺とcの辺の関係を解き明かした定理で、この定理を使うことでCの斜辺を求められるわけですから世紀の発見だと言えるでしょう。

    ですが、数学の世界では、これだけでは不十分です。なぜこの定理を使うと斜辺の長さを求めることができるのか、それを証明する必要があります。

    仮説を発見できたとしても、それを証明することは非常に難解であり、数学者の腕の見せ所になります。実際に論文のほとんどの割合を占めるのが、この証明にあたります。ここにも独自の発想やひらめきなどクリエイティブな思考が必要となります。

    つまり、数学における技術とは、実際に見たり、触れたりできるものではなく、証明の技法やアイデア自体が技術となるのです。

    より抽象度の高い世界に飛び込む

    私が取り組んでいるテーマは作用素環論というもので、数学のなかでも極めて抽象度が高い研究だと言えます。

    この作用素環論は、もともとは数学ではなく量子力学の世界で誕生しました。

    当時、量子力学には大きな2つの大きな理論があり、それぞれが派閥となって、長い間、議論がなされていました。そして、この議論に終止符を打ったのがフォン・ノイマンという学者です。

    フォン・ノイマンが両者の理論で使われていた「ヒルベルト空間」を研究し比較をしてみると、実は両者の「ヒルベルト空間」は、どちらも同じ理論から成っていることがわかったのです。フタをあけてみれば長い間、議論がなされていた理論はどちらも同じものだったということです。

    フォン・ノイマンのこの研究が発展していき、後に「作用素環論」という学問が誕生することになります。
    作用素環について説明すると、かなり難解になりますので、ここでは「複雑な数学的な構造」とだけ理解して貰えれば大丈夫です。

    トンボとカブトムシは同じ生き物?

    作用素環には様々な研究がありますが、そのなかでも私は、作用素環同士を比較して、それらが同型であるのか、違うものなのかを判定する研究を行っています。ここからは、理解しやすいように身の周りにあるもので例えてみましょう。

    たとえば「赤トンボ」と「オニヤンマ」がいたとします。

    これら2つを比べたとき、おそらく2匹とも同じトンボだと認識しますよね。両者とも同じ、つまり数学でいうところの同型だということになります。

    では、「トンボ」と「カブトムシ」はいかがでしょうか?

    先ほどの流れから言うと、これらはそれぞれ違う生き物だと考えるかもしれませんが、本当にそうでしょうか。

    たとえば、「昆虫かどうか」という基準で見ると、トンボもカブトムシも同じ昆虫だと言えませんか?

    昆虫という基準で見れば、トンボとカブトムシは同型だといえます。

    つまり、何を基準にするかによって、両者が同じものなのか、違うものなのかが変わってくるわけです。

    ですから、まずは判定する基準を作ることが最も大切になり、基準を作ってしまえば、それに従って様々な生物を判定していくことが可能となります。

    数学も同じです。2つの数学的対象を判定するための基準があり、その基準をもとに同型か違うものなのかを判定していくことになります。

    ところが難しいのはここからです。作用素環というものは、複雑かつ難解な構造をしているため、生物とは違いパッと見ただけでは、さっぱりわかりません。

    ここをどうやって解き明かしていくのか。これが私たち研究者の腕の見せ所となるわけです。

    研究者プロフィール

    武石拓也 准教授

    たけいし たくや

    主な発表論文・関連特許

    Constructing Number Field Isomorphisms from *-Isomorphisms of Certain Crossed Product C*-Algebras

    著者名 :Chris Bruce; Takuya Takeishi
    掲載誌名 : Communications in Mathematical Physics
    出版年月 : 2024年01月

    Limits of KMS states on Toeplitz algebras of finite graphs

    著者名 :Takuya Takeishi
    掲載誌名 : Journal of Operator Theory
    出版年月 : 2023年10月

    C*-dynamical invariants and Toeplitz algebras of graphs

    著者名 : Chris Bruce; Takuya Takeishi
    掲載誌名 : Journal of Operator Theory
    出版年月 : 2022年11月

    Partition Functions as C*-Dynamical Invariants and Actions of Congruence Monoids

    著者名 : Chris Bruce; Marcelo Laca; Takuya Takeishi
    掲載誌名 : Communications in Mathematical Physics
    出版年月 : 2021年03月

    Reconstructing the Bost–Connes semigroup actions from K-theory

    著者名 : Yosuke Kubota; Takuya Takeishi
    掲載誌名 : Advances in Mathematics
    出版年月 : 2020年06月