
2025年9月
超精密な繊維技術を可能にする「MEW(ミュー)」とは?
~再生医療などの先端テクノロジー発展の鍵となるデバイス~(後編)
徐先生が目指されているのは、技術の開発だけではなく、それが製品化され、市場へと届くことです。
そのためには、MEW(ミュー)について知見がない研究者であっても、すぐに使いこなせるようになるための仕組みや技術が必要になるとおっしゃっています。
徹底的にユーザー目線に立ち、これまでにあらゆる課題を解決してきたことで、MEWという技術が実用化目前まで迫っています。
人体に影響が出ない医療機器を目指して
私たちが目指しているのは、新しい技術のサンプルを作ることではなく、実際に医療の現場で使われる装置と技術の開発です。
ですから、装置が完成したら終わり、ではありません。実用化に向けて次から次へと出てくるあらゆる課題を解決していく必要があります。

高い安全性を実現した医療機器
たとえば、使用する繊維の材料一つをとっても、あらゆることを考えなければいけません。
MEWで作った医療機器は実際に体内で使われるため、安全性がシビアに求められます。
使用する材料は、人体の中で自然に溶けて消滅する生分解性材料となりますが、溶けて無くなるからといって身体に影響がないわけではありません。
ですから、人体への安全性を考えると、使用する材料を限りなく少量に抑える必要があります。
そこで基準となる指標が「ポロシティ率」です。
ポロシティ率とは、「構造物の中にどれだけ隙間があるのか」を表す指標で、隙間が多ければ多いほど使用している材料が少ないということになるので、ポロシティ率が高いほど、安全性も高くなります。
従来の電界紡糸技術では、ポロシティ率が40%程度となっていたのに対して、MEWは95%という高い数値を出しており、安全性を高めることに成功しています。
あらゆる医療材料が印刷可能に
また、医療材料は様々な治療に合わせて多種多様なものが存在しており、すべての医療材料をMEWで扱えることが重要です。
ところが、医療材料はそれぞれに特徴があり、性質が大きく異なっています。そのため、使う材料によって印刷する難しさも大きく変わります。
たとえば、「ポリカプロラクトン」と呼ばれる材料は、体内で分解するのに5年以上かかります。ですから、心臓や血栓の修復など、長い期間を要する治療に向いています。
反対に、「ポリグリコール酸」は1週間ほどで分解しますので、歯の治療など短期間の治療に向いています。
このように、材料によって特徴が異なるため、それぞれに合った印刷方法を研究しなければなりません。
そして、現在では以下の医療材料の印刷に成功しています。
- ポリ乳酸
- ポリカプロラクトン
- ポリグリコール酸
- 乳酸・グリコール酸共重合体
- グリコリド・カプロラクトン共重合体
- ラクチド・カプロラクトン共重合体
- エチレン-ビニルアルコール共重合体
- ポリプロピレン
- ブチレンサクシネート-アジペート共重合体
これだけの種類を印刷できるのは、世界的に見てもこの研究室だけではないでしょうか。
世界ではじめてポリ乳酸の印刷に成功
ちなみに、1つ目の「ポリ乳酸」は心臓や血栓の修復に必要となる重要な材料で、これまで世界的に研究されてきましたが、実現が困難とされてきました。
その理由は、温度調整の難しさにあります。
ポリ乳酸を溶かして繊維を作る場合、ポリ乳酸が溶ける温度は160度以上であるため、非常に高い熱を必要とします。ですが、180度に達した時点で分解が始まってしまい、消滅してしまうのです。
つまり、溶かすためには高温でなければなりませんが、高温すぎるとすぐに分解が始まってしまうため、印刷が非常に難しい材料とされてきたのです。
私の研究室では、このポリ乳酸の印刷にも成功しており、安定的に印刷し続けることができています。

この「安定的に印刷し続ける」ということも実用化に向けて非常に重要です。
というのも、MEW以外でも印刷が可能な装置が世の中にありますが、その成功率は10%以下であることが多く、安定的に作ることができません。医療で使うことを考えた場合、当然ですが、100%に近い安定性が求められます。
2つ目のポリカプロラクトンに関しては、3ヶ月間連続で稼働させても、安定的に印刷し続けることができ、その成功率も100%近いものになっています。
これは、2日かけて印刷したポリカプロラクトンです。おおよそ100枚を安定して印刷することができています。

このように、医療材料1つをとっても、材料によって全く異なった性質を持っており、それぞれに合った最適な印刷方法の研究が必要となってきます。
高性能で低コスト、簡単な操作性、全ての要素が備わった技術 大幅なコストダウンに成功
これは4代目となる最新のMEWです。

これまでのMEWと比べて、大幅なコストダウンを図ることに成功しています。
このような装置は、一般的には非常に高価で、1000万円を超えることも珍しくありませんが、このMEWは高性能でありながらも100万円以下で作ることができました。
どれだけ精度の高い装置であっても、それがあまりにも高額だと、ほとんどの研究機関で導入することは難しくなり、結局は実用化されず、日の目を見ることなく終わってしまうことでしょう。
また、初代のMEWと比べると、大幅なサイズダウンにも成功しています。
医療で使われることを想定した場合、MEWが使用される場所はクリーンルームとなります。そのため、限られた小さなスペースに持ち運ぶ必要があるので、大幅なサイズダウンを行いました。
そして、私が最終的に目指しているのは「ポリ乳酸用のMEW」、「ポリカプロラクトン専用のMEW」など、先ほどあげた医療材料ごとに最適化されたMEWを開発することです。
それぞれの医療材料専用のMEWを作ることで、装置を扱うユーザーも使い方に迷うことなく、簡単に使うことが可能となります。
もう2、3年ほどで、それぞれの医療材料専用のMEWすべてが完成する見込みです。
知識がなくとも3日あれば使いこなせるほど簡単
医療での実用化を考えた場合、装置や繊維の研究だけでは足りません。
MEWを最適に使うためのルールづくり、さらにはアプリケーションの開発までをセットで考える必要があります。

医療材料は繊細であるがゆえに、室温などの条件が少しでも崩れるとダメになってしまいます。
ですから、安定して精度の高い医療機器を作るには、どのくらいの室温や湿度が望ましいのか、このような数値を明示したルールブック作りが必要となります。また、装置を簡単に扱うためのアプリケーションも開発しています。
ルールブックに従い、アプリを使ってMEWを操作することで、全く知識がない人であっても2、3日で使いこなせるようになることを目指しています。
難しい課題を解決する苦しさと面白さ
装置の精度の高さ、安定性、低コストであること、さらには簡単に誰もが扱えるようになること、これら全ての条件を満たして初めて製品化され、世の中へ普及していきます。
このMEWもあと数年でこれらの条件をすべて満たし、研究機関に届けることができると考えています。
ここまで来るのに、いくつもの難題が立ちはだかりました。その度に苦労はしましたが、解決できたときは、その喜びも一際大きいものでした。
先ほどあげたポリ乳酸の印刷については、私だけではなく、同じ分野に関わる研究者全員が困り果てていた状況でした。
何年もの間、実験を繰り返すなかで、偶然にも糸口を発見することができました。
その糸口は「入れる水の量」にあったのです。
たった0.1%、水の量を調整することで、ポリ乳酸を綺麗に印刷することができたのです。
まさか、水のわずかな誤差が印刷に影響していたとは夢にも思っていませんでしたので、驚きと同時に、本当に嬉しかったことを覚えています。
苦しいことがある分、このような喜びもたくさん経験してきました。

繊維をベースにあらゆるテクノロジー機器をつくる
この技術により、ミクロ繊維を誰でも簡単に自由に扱い、好きなものを作れるようになったことに加えて、繊維の活用先が布や不織布以外にも見えてきました。
私は、繊維をベースに医療機器をはじめ、様々な機器を作ることができるようになったことが、一番の魅力だと感じています。
医療分野を皮切りに、これからも意欲的に様々なテクノロジーと連携した、新たな技術を開発していきたいと思います。

研究者プロフィール


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研究者紹介ハンドブック
主な発表論文・関連特許
Challenges of high-temperature melt electrowriting: A study of EVOH printing
著者名:Tong Sun, Huali Lu, Simon Luposchainsky, Liu Yang, Xiaoyu Zhang,
Akiko Hirano,Yuta Nakano, Yagi Shinichi, Huaizhong Xu
掲載誌名:Polymer 331
出版年月:2025年6月
Accessible melt electrowriting three-dimensional printer for fabricating high-precision scaffolds
著者名:Huaizhong Xu, Shunsaku Fujiwara, Lei Du, Ievgenii Liashenko,
Simon Luposchainsky, Paul D. Dalton
掲載誌名:Polymer 309
出版年月:2024年9月
Additive manufacturing of ultrahigh-resolution Poly(ε-caprolactone) scaffolds using melt electrowriting
著者名:Lei Du, Liu Yang, Huali Lu, Longping Nie, Yue Sun, Jincheng Gu, Shunsaku Fujiwara, Shinichi Yagi, Ting Xu, Huaizhong Xu
掲載誌名:Polymer 301
出版年月:2024年5月
Unlocking the print of poly(L-lactic acid) by melt electrowriting for medical application
著者名:Sherry Ashour, Lei Du, Xiaoyu Zhang, Shinichi Sakurai, Huaizhong Xu
掲載誌名:European Polymer Journal 204
出版年月:2024年1月
Designing with Circular Arc Toolpaths to Increase the Complexity of Melt Electrowriting
著者名:Huaizhong Xu, Ievgenii Liashenko, Agnese Lucchetti, Lei Du, Yubing Dong, Defang Zhao, Jie Meng, Hideki Yamane, Paul D. Dalton
掲載誌名:ADVANCED MATERIALS TECHNOLOGIES 7(10)
出版年月:2022年10月
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