超精密な繊維技術を可能にする「MEW(ミュー)」とは?~再生医療などの先端テクノロジー発展の鍵となるデバイス~(徐 淮中 准教授・前編)

2025年8月

超精密な繊維技術を可能にする「MEW(ミュー)」とは?
~再生医療などの先端テクノロジー発展の鍵となるデバイス~(前編)

今回お話を伺うのは、超精密な3Dプリンティング技術を開発されている繊維学系の徐 淮中准教授です。

「MEW(ミュー)」という超精密な3Dプリンティング技術を開発されたことにより、これまでの紡糸技術や3Dプリンターにはなかった新たな可能性が見えてきました。

具体的には再生医療を始めとする様々な先端テクノロジーへの応用を視野に入れて研究されており、あくまで実用化されることを目標にして、これまで難題をいくつもクリアされてきました。

見えてきた繊維技術の新たな可能性

私は、繊維学の分野で「MEW(ミュー)」という超精密な3Dプリンティング技術の研究開発をしています。

MEWを活用することで、ミクロレベルの繊維を自在にコントロールし、あらゆる精密な構造物の作成が可能となりました。

この技術を使えば、たとえばこのような精細なグラフィックを描くことも可能となります。

一見するとモノクロ写真のようにも見えますが、実は3cm幅の円の中に、5ミクロンの細い繊維を使って、精密な描写をしています。

右の画像は拡大したものになりますが、細い繊維が複雑かつ精密に織り重なって描かれていることがわかります。

(MEWを使って印刷している様子)

先端テクノロジーへの応用

MEW(ミュー)とは、Melt Electro writingの略称で、従来の3Dプリンティング技術(熱溶解積層方式)と電界紡糸技術を掛け合わせた新しい技術となります。

繊維技術と言えば、一般的には布や不織布のための技術というイメージがありますが、このMEWを開発したことで、再生医療など様々な先端テクノロジーへの応用の可能性が見えてきました。

たとえば、再生医療の分野では、足場材の開発や骨の修復への応用、治療分野においては血栓や心臓、脳などの手術で使用するステント機器や損傷皮膚材の開発など、あらゆる医療機器を低コストで印刷して作ることができるようになり、様々な治療において貢献できると考えています。

現在は、このような医療分野での実用化を目指して、装置の開発をはじめ、様々な研究を推し進めており、数年以内には実現できる目処がたっています。

(MEWの初代から4代目までの装置の写真)

そのほかMEWを使ったセンサーの開発などを考えており、そのための研究もスタートさせています。

さらには、この技術の一部をオープンソースとして公開しており、あらゆる研究者がこの技術を使った研究を行えるようにもしています。

そうすることで、私では思いつかないアイディアや視点が加わり、この技術が私の想像を超えて、新たな発展を遂げていくのではないかと考えています。

私は、MEWがもつ可能性をどんどん引き出していきたいと考えています。

ミクロ繊維で作る高性能な医療機器

もともと私は溶融電界紡糸技術を研究していました。

溶融電界紡糸技術とは、材料を溶かしてナノ繊維を作る技術のことを指しますが、この技術について長年課題だと感じていました。

それは、ヘッドのノズルから噴出される繊維を、思い通りにコントロールできない点です。

装置の中で作られた繊維がノズルから噴射されるのですが、噴射された繊維はあまりにも軽く細いため、空気抵抗などを受けて飛び散ってしまいます。

繊維が飛び散ると落下する場所を制御できないので、設計通りに作ることが難しいという課題がありました。結果として、正確性を必要としない布や不織布などを作る際に活用されてきました。

一方、3Dプリンティングに目を向けてみると、どうでしょうか。

たしかに3Dプリンターを使えば、設計通りに構造物を印刷することは可能ですが、作られる繊維の品質や太さに大きな課題がありました。

3Dプリンターのノズルから出てくる繊維は膨張する傾向があり、この膨張によって表面が粗くザラついてしまい、品質に影響が出てしまいます。

また、3Dプリンターで作れる繊維の太さは、100ミクロンが限界であり、これ以上細くすることはできません。医療で使うことを想定した場合は、50ミクロン以下の太さでなければならないと考えると、3Dプリンターの活用は難しいです。

そこで、この電界紡糸技術と3Dプリンティング技術の良いところを掛け合わせたMEWの開発を2019年から開始したのです。

このMEWによって、細い繊維を精密にコントロールし、ミクロレベルの精密なものから大規模な構造物まで設計通りに作ることができるようになったのです。

MEWで作った再生医療機器

これは、再生医療で使われることを想定して、実際にMEWで作った足場材です。

太さ2ミクロンの繊維を、正確に格子状に印刷することに成功しています。

格子の隙間の間隔は、わずか25ミクロンとなっており、この隙間の間隔を均一に保ちながら繊維を配置しています。

このように、ミクロレベルで細かくかつ正確にコントロールしながら、繊維を設計通りに印刷していくことが可能となっています。

さらに拡大してみると、2ミクロンの繊維がズレることなく、縦に何重にも重なり、立体的になっていることがわかります。

つまり、2次元に加えて3次元の構造物であっても、正確に作ることが可能だということです。

 

もし、MEWが市場へ浸透すれば、あらゆる研究者が低コストで簡単に、必要な足場材を作ることができるようになるので、急速な再生医療の発展に貢献することでしょう。

また、このような形状以外にも、以下のように様々な形状の構造物を作ることができます。

たとえば、このチューブ状の構造物は、ステントという医療機器や人口血管として活用することを想定して作っています。

そして、私たちが現在最も注力しているのが、このMEWを医療の現場で使えるようにするための研究です。

私たちが望んでいることは、実用化です。

実用化を考えた場合、技術自体の研究だけではなく、製品が市場へ出ていくための様々な課題をクリアしていく必要があります。

後編では、医療での実用化に向けてどのような課題があったのか、どのようにそれらを解決したのか、お伝えしたいと思います。

研究者プロフィール

徐 淮中 

じょ わいちゅう

主な発表論文・関連特許

Challenges of high-temperature melt electrowriting: A study of EVOH printing

著者名:Tong Sun, Huali Lu, Simon Luposchainsky, Liu Yang, Xiaoyu Zhang,

Akiko Hirano,Yuta Nakano, Yagi Shinichi, Huaizhong Xu

掲載誌名:Polymer 331
出版年月:2025年6月

Accessible melt electrowriting three-dimensional printer for fabricating high-precision scaffolds

著者名:Huaizhong Xu, Shunsaku Fujiwara, Lei Du, Ievgenii Liashenko,

Simon Luposchainsky, Paul D. Dalton

掲載誌名:Polymer 309
出版年月:2024年9月

Additive manufacturing of ultrahigh-resolution Poly(ε-caprolactone) scaffolds using melt electrowriting

著者名:Lei Du, Liu Yang, Huali Lu, Longping Nie, Yue Sun, Jincheng Gu, Shunsaku Fujiwara, Shinichi Yagi, Ting Xu, Huaizhong Xu

掲載誌名:Polymer 301
出版年月:2024年5月

Unlocking the print of poly(L-lactic acid) by melt electrowriting for medical application

著者名:Sherry Ashour, Lei Du, Xiaoyu Zhang, Shinichi Sakurai, Huaizhong Xu

掲載誌名:European Polymer Journal 204
出版年月:2024年1月

Designing with Circular Arc Toolpaths to Increase the Complexity of Melt Electrowriting

著者名:Huaizhong Xu, Ievgenii Liashenko, Agnese Lucchetti, Lei Du, Yubing Dong, Defang Zhao, Jie Meng, Hideki Yamane, Paul D. Dalton

掲載誌名:ADVANCED MATERIALS TECHNOLOGIES 7(10) 
出版年月:2022年10月