
2024年9月
「自由」があるからこそ集団は頑丈になる!
~群れが魅せる驚くべき世界の探求~(後編)
前編では、群れを研究する意義や、集団を作る上で重要なポイントについて伺いました。
後編では、さらに集団のメカニズムの面白さに迫っていきながら、村上先生がもつ独自の視点はどこから生まれるのか、その秘訣についてもお話しいただきたいと思います。 お話を伺う中で感じたことは、集団のメカニズムの本質は、良いチームや組織を作る上でも重要なヒントになり得るということです。ぜひ、実生活におきかえながら読んでみてください。
個々が自由であるからこそ強い集団になる
コンピューター上で作るモデルでは、「周りと動くタイミングが同期している」ことがしばしば前提とされます。
集団内にいる個々が、「せーの」と息を合わせて動いているかのようです。歩行者でいえば、足並みが揃っていることと考えることができます。
しかし一方では、「実生活で足並みをそろえて歩く場面はどれだけあるだろうか」という疑問もあり、私の研究室では、同期していないからこそ、群れとして機能するのではないか、という可能性も念頭におきつつ、横断歩道のような実生活にもみられる状況で、個々の足並みと集団としての動きが、どう関係するかを調べる実験を行うことにしました。

1つは、実験的に歩行者の動きを同期させて歩いてもらった場合、どうなるのか。
もう1つは、自由に歩いてもらった場合どうなるのか。
という実験です。
この2つを比べることで、どのような違いが出るかを検証しました。
横断歩道を模した実験通路の両側に、2つの歩行者集団を配置し、それぞれ互いに向かい合って、反対側まで歩いてもらいます。
1つ目の条件では、実験的に動きを同期させるため、メトロノームを使って歩行者の平均的な歩行テンポの音を流し、音に合わせて歩いてもらいました。2つ目の条件では、音を鳴らさず自由に歩いてもらいました。
形成される列の数に違いが出る
まず、分かったことは、音に合わせて歩いた場合は、足並みがしっかりと揃いましたが、音を流さず自由に歩いた場合は、全く足並みが揃わなかったということです。
そして興味深かった点は、2つの群れがすれ違う際にできる列の数に違いが出たことです。これは頑丈な集団を作る上では、非常に重要ではないかと考えています。
以下の写真をご覧ください。
上の写真は、メトロノームの音に合わせて歩いてもらった場合にできた列で、下は音を流さずに自由に歩いてもらった場合にできた列です。

この写真の例では、音に合わせて歩いた場合は、6列となり、自由に歩いた場合は、4列という結果になりました。
実は、列は少なければ少ないほど、崩れにくい頑丈な群れとなります。
列が多くなると、その分だけ左右に動けるスペースが狭くなり、周囲の人とぶつかりやすくなりますし、列が多い分だけ複雑化するので、崩れやすい原因となってしまいます。

実際に、何秒後にぶつかるのかというシミュレーションをしてみると、音に合わせて歩いた集団の方が早くぶつかるということがわかりました。
バラつきを維持する力が働いている
さらに分析して分かったことは、音を聞かずに歩いた集団は、歩くタイミングがバラバラで、非同期的だったにもかかわらず、近くにいる人同士の一歩一歩の歩行周期が似ていた点です。
自由に、バラバラに動いているにも関わらず、協調している部分があるというのはなんとも不思議な現象ですが、そこにはあえてバラつきを維持するようなメカニズムが働いているのではないでしょうか。
また、この実験では両肩の動きもトラッキングし、肩の回転の動きも調べました。
肩が大きく回転しているということは、ぶつかりそうになって避けようとしているということであり、それだけ集団が乱れやすくなります。
実際に分析したデータを見ると、動きが同期していない集団の方が、肩の回転の動きが小さいことが明らかになりました。
集団のメカニズムは社会性を考えるヒントになる
これらの実験を通して分かったことは、集団の中にいる人それぞれが自由に歩けることは重要であり、むしろ動きが非同期的だからこそ、壊れにくい群れとなることができるということです。
また、自由があるからこそ集団に秩序が生まれるというメカニズムは、私たちが暮らす実社会でも参考になるかもしれません。
秩序だった組織や社会を作るために、たくさんの規則を設けて、個々の自由を制限するだけでは、集団はぎこちなくなるだけでしょう。個々の自由は、集団の組織化と必ずしも対立するものではありません。そうではなく、むしろ個々の自由が、それを活かすように組織化に組み込まれているような集団が、クリエイティブであるのかもしれません。
「小さな違和感」がもたらす大きな発見
この研究の醍醐味は、人や動物がみせる、思ってもみなかった行動を発見することです。
前編でお伝えした縦横無尽に動き回る鮎がそうでした。綺麗な集団を作るには、綺麗に整列された動きを作る方が、普通に考えると良いのではないかと思ってしまいそうですが、そう単純ではなかったということです。
このような発見があると、興奮しますし、そこから研究もさらに広がりを見せていきます。
シオマネキというカニを研究していた時も、面白い発見に出会えました。

このカニは沖縄でフィールドワークをやっていた時にたまたま見つけたのですが、逃げるときにはとにかく動きが早く、集団でコロニーを作って生活するという社会性を持っています。
また、このカニは視覚的に奥行を把握することが苦手で、自分の歩き方などに基づき、巣穴の位置を常に記憶しながら、外敵が近づいたときには、その記憶だけを頼りに巣穴に戻ることがさまざまな実験から示されてきましたが、「本当にそうだろうか?」と思い、ある実験をしてみました。
このカニの巣穴を板で隠し、偽の巣穴を別の場所に作ります。その場合、カニはどこの巣穴に戻っていくのかという実験です。
なんと偽の巣穴に戻る場合が確認されたのです。とても興味深い現象です。
本当に記憶だけで行動をしているなら、隠されていた巣穴の場所に戻っていくはずですが、偽の巣穴に戻ったということは、視覚も頼りにしているからだと推測できます。
このように「思ってもみなかった行動」や、「誰も気づいていない振る舞い」と出会う上で大切なのは、「ちょっとした違和感」です。
平たくいうと、当たり前とされていることや習慣化された日常の中で、「うん?これってもしかして、、、」と疑問に思うことが違和感であり、その些細な気づきのようなものが新たな研究のスタートとなり得ます。

たとえば、世の中のあらゆる課題は、すでにある公式や文脈にのせて考えることで、効率よく解決できると考えてしまいがちですが、必ずしもそうとは限りません。
実は動物や人の群れと同じで、単純そうに見えることは実は氷山の一角で、その下には複雑な要素がたくさん絡み合っています。それらを拾い上げる時に役立つのが「違和感」ではないでしょうか。
また、同じ現象や同じものを見ていても、人によって感じる違和感は違います。
つまり、違和感こそが、その人独自の考え方や視点そのものを作る出発点となり得るのではないでしょうか。
動物も人もいっぺんに研究するからこそ面白い
歩行者と動物の群れの研究は、実は、それぞれ違う分野で行われ、発展してきました。掲載される学術雑誌もそれぞれ違いますので、交わることがほとんどありません。
ですが、それぞれの発展の仕方を見ていると、非常に共通している部分が多く、両方いっぺんに研究するからこそ良いのではないかと考えています。
人で見つかった性質を動物に応用する例もありますし、反対に、動物で見つかった群れのメカニズムを、人の集団に当てはめて考えたり、両者を比較することで、思ってもみなかった発見があるはずです。
動物と歩行者、この両方を研究することで、両方の分野の、相互の発展に貢献できたら嬉しいと思います。
研究者プロフィール

主な発表論文・関連特許
Robust spatial self-organization in crowds of asynchronous pedestrians
著者名:Takenori Tomaru; Yuta Nishiyama; Claudio Feliciani; Hisashi Murakami 掲載誌名:Journal of The Royal Society Interface
出版年月:2024年05月
Adaptive Formation by Pedestrian Small Groups During Egresses
著者名:Hisashi Murakami; Claudio Feliciani; Katsuhiro Nishinari
掲載誌名:Journal of Disaster Research
出版年月:2024年04月
Toward Comparative Collective Behavior to Discover Fundamental Mechanisms Behavior in Human Crowds and Nonhuman Animal Groups
著者名:Hisashi Murakami; Masato S. Abe; Yuta Nishiyama
掲載誌名:Journal of Robotics and Mechatronics
出版年月:2023年08月
Spontaneous behavioral coordination between avoiding pedestrians requires mutual
anticipation rather than mutual gaze
著者名:Hisashi Murakami; Takenori Tomaru; Claudio Feliciani; Yuta Nishiyama
掲載誌名:iScience
出版年月:2022年11月
Mutual anticipation can contribute to self-organization in human crowds
著者名:Hisashi Murakami; Claudio Feliciani; Yuta Nishiyama; Katsuhiro Nishinari
掲載誌名:SCIENCE ADVANCES
出版年月:2021年03月
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