京都工芸繊維大学の注目研究を毎月1つずつ紹介します。
  • 2026年7月

    小さな歯車で実現する「事故のない世界」
    〜異変を未然に検知する「スマート・ギヤ」とは〜(後編)

    後編では、射場先生にスマートギヤのさらなる可能性についてお話しいただきました。

    「破損を検知する」だけではなく、その一歩先にある「破損の予兆を検知する技術」を見据えた研究です。もし実現すれば、社会の安全性はもう一段階先へと進むことになるかもしれません。

    破損の予兆を読み解く技術

    研究を進める中で、ナイロン製のスマートギヤについては、ようやくある程度の形が見えてきました。しかし、その一方でずっと引っかかっている疑問がありました。

    それは、歯車を長時間モニタリングする中でみられる「わずかな周波数の変化」です。 以下のように、周波数に大きな変化が生じた場合、歯車に亀裂が入ったということになるので、歯車の破損状態をうまくモニタリングできているといえます。

    ところが、歯車を長時間運転させていると、亀裂が入っていないにも関わらず、周波数が微妙に変化していく現象が頻繁に見られました。

    毎回、周波数が徐々に低くなっていき、そしてある時点からは、徐々に高周波にシフトしていくのです。

    「これは一体何を意味しているだろうか」という疑問がずっと引っかかっていました。

    予兆を捉えていた周波数

    最初に考えたのが熱の影響です。歯車が回転すると、摩擦などの影響を受けて温度が上昇します。その影響を受けて、周波数が徐々に変化しているのではないかということでした。

    実際、ホットプレートで歯車を温めながらモニタリングすると、あわせて周波数も徐々に低下していきました。

    しかし、もし熱だけの影響であれば、周波数は低くなっていくはずです。途中で周波数が上がっていくのはなぜでしょうか。熱だけでは説明がつきません。

    そこで、熱の検証をする一方で、周波数が変化しているとき、歯車の内部では何が起きているのか。それについても調査することにしました。 回転中の歯車に赤外線を当て、材料内部の構造を観測してみると、周波数の微妙な変化に連動するように、樹脂材料の内部構造に変化が生じていることが徐々にわかってきたのです。

    歯車に赤外線を当てている様子

    これは、歯車に繰り返し負荷がかかることで、その内部で目に見えない破損が徐々に進行していたということです。それが周波数の変化に表れていたのです。言い換えれば、周波数の微妙な変化は、歯車に「亀裂が入る一歩手前の予兆」だったのです。

    ここで、新たな研究テーマが見えてきました。それが破損する前の「予兆を検知するスマートギヤ」の開発です。

    もし「周波数の微妙な変化」を完全に読み解くことができれば、破損してしまう前の歯車の内部が今どのようになっているのか、どれくらい疲労が蓄積しているのか、いつ壊れそうなのか。それを予測することができます。

    それがわかれば、歯車に亀裂が入る前に交換することができるようになり、さらに「事故が起きにくい社会」を実現できるのではないでしょうか。

    現在、研究室の学生と一緒になって、この解明に取り組んでいるところです。

    新しい分野での「失敗の扱い方」

    前編でもお伝えしたように、この研究はこれまで誰も取り組んだことのないテーマです。
だからこそ、すべてが手探りの状態から始まっています。

    一歩進むたびに新たな疑問が生まれ、未知の領域が広がっていきます。


    たとえば、金属製のスマートギヤの開発もその一つです。樹脂製と同じ仕組みで実現できるのではないかと考えましたが、実際にはまったく異なる難しさがありました。

    前編で紹介した磁界結合の仕組みも、そのまま金属製のギヤに導入しようとしてもうまく機能しません。ICカードの近くにコインがあると反応しづらくなるのと同じように、歯車そのものが金属であるため、その影響で磁界結合がうまく成立しなくなるのです。

    ではどうすればよいのか。その解決方法を、まさに学生とともに模索しているところです。

    この研究テーマは、常に「分からないこと」から始まります。そのため、学生には冗談半分で「これは茨の道だ」と伝えることもあります。

    実際、思い描いた通りにいかないことのほうが多いからです。それでも、私自身も、そして学生たちも、へこたれずにその過程を楽しみながら取り組んでいます。

    茨の道だからこそ、少し乱暴な言い方かもしれませんが、「失敗して当然」、むしろ「失敗し放題」。そういう感覚で思い切って様々なことに挑戦してほしいと考えています。

    ゴールに辿り着くルート

    新しい研究テーマに取り組む際は、研究マップみたいなものをイメージするようにしています。

    地図上で決まっていることは、スタート地点とゴール地点であり、そこに辿り着くまでのルートは様々です。

    もちろん最短ルートを描いて研究に取り組みますが、そのルートは実は行き止まりだったということは珍しくありません。

    そんな時、大切にしたいことはあくまで「ゴールに辿り着くこと」ですから、そのルートに執着する必要はありませんし、失敗したからといって気にする必要もありません。

    世の中にある、様々な技術からヒントを得ながら、「これであればいけるかも」と新たなルートを模索し、取り組んでいけば良いのです。

    また、それまでの研究が無駄になるわけでもありません。

    むしろ、誰も取り組んだことのないテーマだからこそ、その過程で得られる知見は新しいものばかりです。
その一つひとつが、論文として形になる可能性を持っていますし、それが知らないところで別の研究に役立つこともあるでしょう。 そう考えると、この茨の道を根気よく歩いていくプロセスは、やはり面白いと感じます。

    研究者プロフィール

    射場 大輔 

    いば だいすけ

    主な発表論文・関連特許

    Shape evaluation of all transverse sections bounded by the left and right tooth helix deviations of injection-Molded plastic gears

    著者名:Yuichiro Seo, Daisuke Iba, Jing Chong Low, Shunta Takahashi, Shu Takata, Naoki Yamashita, Junichi Hongu

    掲載誌名: FORSCHUNG IM INGENIEURWESEN-ENGINEERING RESEARCH, 89(1), 133
    出版年月日:2025年9月5日

    Eigen analysis of graph laplacian derived from gear shape deviation networks

    著者名:Shu Takata, Yuichiro Seo, Daisuke Iba, Jing Chong Low, Shunta Takahashi, Naoki Yamashita, Junichi Hongu

    掲載誌名:FORSCHUNG IM INGENIEURWESEN-ENGINEERING RESEARCH, 89(1), 111
    出版年月日:2025年8月26日

    Shape Deviation Network of an Injection-Molded Gear: Visualization of the Effect of Gate Position on Helix Deviation

    著者名:Jing Chong Low , Daisuke Iba, Daisuke Yamazaki , Yuichiro Seo

    掲載誌名:Applied Sciences, 14(5), 2013
    出版年月日:2024年2月29日

    Identification of Q value and angular frequency of smart gear antenna using the resonant return loss of the receiving antenna

    著者名:Thanh-Tung Mac, Daisuke Iba, Yusuke Matsushita, Takeru Inoue, Nanako Miura, Arata Masuda, Ichiro Moriwaki

    掲載誌名:SN APPLIED SCIENCES, 4(10), 260
    出版年月:2022年10月

    Effect of Load Cycles on Return Loss and Resistance of Sensor and Antenna Circuits Printed on Plastic Gears

    著者名:Takeru Inoue, Daisuke Iba, Naoya Fujita, Atsuhide Nishikawa, Mio Ishii, Jiayao Hu, Hitoshi Shimasaki, Nanako Miura, Arata Masuda, Ichiro Moriwaki …

    掲載誌名:VDI Berichte, 2023(2422), 659-674
    出版年:2023年