
2026年2月
『合理的なオフィス』は、なぜ成果を生まないのか
〜ユーザーの「働く」を紐解くと、オフィスの「正解」が見えてくる〜(前編)
今回は、情報技術と空間デザインについて研究をされている松本 裕司 准教授に「ワークプレイス」をテーマにお話しいただきました。
松本先生は、職場空間とは「本気で価値を創造する場所」とおっしゃっていますが、どのようなプロセスを経ると、そのような場所を作ることができるのでしょうか。
そのヒントは、空間デザインを考える前の「下地づくり」にありました。
空間デザインのスタート地点を作る
私は「空間デザインと情報技術の融合」について研究をしています。
今回はその中でもワークプレイスをテーマに、働く空間とはどのように作られるべきなのか、研究を交えながら、私なりの考えをお話しできればと思います。
現在は「自分に合った生き方」や「多様性」を尊重する価値観がスタンダードになりつつあります。ワークプレイスについても同じように、画一的な空間ではなく、その組織にフィットした環境を設計することが非常に重要だと考えています。

考えてみれば、職場とは人生の中で最も長く過ごす場所になりえます。
だからこそワークプレイスの質は、働く人たちのウェルビーイングに大きく直結し、それが成果の向上につながっていきます。
土台があることで、スタート地点に立てる
ですが、日本ではワークプレイスに関する議論がまだ十分に活発とは言えません。
その背景には、昔ながらのオフィス観が今もなお強く残っていることがあります。
たとえば「会議室・執務室・休憩室、この3つをどれくらいの分量でどう配置するか」。これがオフィスづくりであると考えている会社も少なくありません。
ですが仕事といっても、執務室で取り組むものだけが仕事ではありません。
たとえば、創造性が求められる業務においては、アイディアが浮かばずに、休憩室で悶々と悩んでいる時間も仕事の一部だと言えます。
はたから見ると休んでいるように見えても、むしろその時間があるからこそ、あっと驚くような発想に至ることがあります。
このような新しい共通認識が生まれると「カフェのようなリラックス空間」があることは理にかなっていると納得できます。その結果、より生産性の高いワークプレイスが作れるようになります。
このように、自分たちの“活動の実態”を紐解いて見える化し、それに合った多様な環境を設えて、業務内容や気分に合わせて、時間と場所を自由に選択するという働き方のことをABW(Activity Based Working) と呼びます。
昨今、カフェのような職場やフリーアドレスが増えているのは、この価値観が浸透しつつあるためです。

とはいえ、「ABWを導入したいが、何から手をつければよいのか…」というケースは非常に多いのが現実です。
そこで私の研究室では、働く人が 自分たちの理想のワークプレイスについて話し合い、根拠を持って意思決定できるようにするための「知識の土台づくり」を行っています。
土台があることで、何から考えていけばいいのか、どのように議論すればいいのかが明確になり、自分たちにふさわしい理想のワークプレイスを描けるようになると考えています。
見えてきたユニークな視点
ワークプレイスの一つである庁舎づくりでは、一般企業とは違ったことも少なくありません。そこで、取り組んだのが「活動の分類表」の作成でした。
8つの庁舎の職員の方たちを対象にして、普段どのような活動をしているのか、その活動をどう捉えているのか、丁寧に洗い出しながら、それらを整理し、体系化していきました。

すると、先行して作成していた一般企業の行動分類表と比べると、庁舎ならではのユニークな視点がいくつも見えてきました。
その一つが、仕事の捉え方の違いでした。
一般企業では、仕事を「個人作業か共同作業か」「フォーマルかインフォーマルか」という視点で分けて考える傾向があるのに対して、
庁舎では「担当系業務」か「非担当系業務」かで仕事をとらえる傾向があり、さらに「窓口業務」においては、それらとは独立した業務として分けて考えられる傾向がありました。認識(枠組み)が違うので、設計会社のコンサルタントとは話がかみ合わないはずですね。
自分たちのあらゆる活動が、改めて視覚的に体系化されることで、それが土台となって活発な議論が生まれていきます。 「この担当系業務には、こういった空間や道具が必要だ」「窓口業務には、このスペースがあったほうが捗りそうだ」といった具合に、土台があることで、ようやく議論がスタートしていきます。
迷わないための地図づくり
理想のワークプレイスづくりが思うように進まない理由は、先ほどのように自分たちの業務を分析し、体系化することが難しい点に加えて、考えるべき項目や選択肢がたくさんありすぎるうえに、関わる人が多いため、判断基準が曖昧となる点が挙げられます。
そんななかであっても、迷わずに議論を前に進めていくために、「地図シリーズ」というツール開発も行っています。
たとえば大きな方向性を決める場合、いきなり「カフェのような空間がいい」と局所的に考えるのではなく、世の中の優れた事例を体系的に理解したうえで考える方が、より自分たちにあった答えに辿り着けます。
こうした背景から、過去に賞を獲得した事例を1000件ほど集めて、クラスター分析と主成分分析を使いながら、事例を分類した地図を作成しました。

事例を統計的な手法を使って分類していくと、やがて大きなカテゴリーが生まれ、それらが大陸のように形成されていきます。そして完成したのが、この「ABW空間の概念マップ」です。 このマップは、用途ごとに大陸が分かれており、それぞれの大陸の中に、その用途に適した事例が整理されています。

世の中の全体像を知ることができれば、「オフィスとはこういうものだ」という固定観念から抜け出すことができます。
この地図をテーブルの真ん中に置いて話し合うことで、
「こんな会議室は見たことがなかったが、意外と会社のスタイルにあっているかも」
「大人数での会議が多い私のチームには、こっちの方が合うかも」
といった具合に、あらゆる選択肢を参考にしながら、「自分たちにはどの方向性が合いそうなのか、どこに新しい可能性がありそうか」など自然と議論が進んでいきます。迷子にならないわけです。
また、写真を実際に見ながら話をするので、共通認識がズレることなく議論を進められるのも大きな利点です。
家具選定のための地図づくり
その他にも、私の研究室では、これまでに様々な地図を作ってきました。
これは、先ほどの分類表と同じく、庁舎に合う家具を選ぶために作った地図です。複数のオフィスデザイナーを対象にした分類実験から統計的な手法で作り上げたものです。

庁舎の活動を「担当系業務、非担当系業務、窓口業務」などで大きく分類したなら、今度はその業務に合う家具を選ぶフェーズに入っていきます。
ところが、分厚いカタログを何冊も持ってきて、それら一つ一つを検討していくわけにはいきませんし、選択肢が多すぎることで、結局何がいいのか分からなくなってしまいます。
そこで、このマップがあれば、「この担当系業務については、このエリアから選べばいい」ということが直感的にわかるので、よりスムーズに検討できます。
またこの地図は、家具メーカーにとっては「なぜこの家具を提案するのか」を明確に提示するための拠り所にもなります。
家具を使う側と提案する側、同じ土台の上で議論を重ねることができれば、より最適な家具選びが可能となります。
分かることは分けること
「分かることは分けること」
これは、私たちの最近のワークプレイス研究の根底にある考え方です。

どんなに複雑に見えることがらも、それらを分けて分類していくことで、やがては体系化されていき、スッと理解できるようになります。
ワークプレイスに関わる事柄は非常に複雑で、1つ1つ丁寧に分類し、整理していくことは、確かに骨の折れる作業です。
しかし、これらの土台があるからこそ、オフィスを使う人も作る人も、より精度の高い空間づくりを進めていけるようになります。
私たちの研究の意義は、まさにここにあると言えるでしょう。
研究者プロフィール


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研究者紹介ハンドブック
主な発表論文・関連特許
ワークシーンにおける感情を共有するワークショップツール『感情マップ』の開発(その2): 『感情マップ』を活用したワークショップの効果の検証
著者名:西田泉, 加谷礼, 舛田愛海, 上西基弘, 庵原悠, 遠藤一, 松本裕司
掲載誌名: 日本オフィス学会誌 16(2) 20-27
出版年月:2024年11月
多様化する要素空間の類型化に関する基礎的研究― 優良オフィスにおける分類フレームの開発―
著者名:仲野裕大, 土井隆ノ介, 村田惇, 中川栞里, 松本裕司
掲載誌名:日本オフィス学会誌 16(2) 28-35
出版年月:2024年11月
ユーザー参加型オフィスづくりのためのワークショップツール「オンラインすごろく」の開発
著者名:片瀬奈緒子、前原茉莉子、石山希、山下正太郎、松本裕司
掲載誌名:日本オフィス学会誌 vol.15 No.1 pp.31-38
出版年月:2023年4月
市町村庁舎における職員の行動を示す言葉の体系化に関する基礎的研究-庁舎のワークプレイス計画・運用のために-
著者名:松本裕司、前原茉莉子、石山希、岡田真幸、中川栞里、岩﨑太子郎、大川徹、清重剛男
掲載誌名:日本オフィス学会誌 vol.14 No.2 pp.32-40
出版年月:2022年10月
自己組織化マップによるワークマインドの認知概念整理-働く環境の計画運用に資する指標の総合化-
著者名:石山希、松本裕司
掲載誌名:日本建築学会技術報告集 第28 巻 第70 号,pp.1390-1395
出版年月:2022年10月
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