
2026年4月
身近だけど奥深い、「糖鎖」の面白い世界
〜食料・材料・生命へ広がる、未来を支える糖鎖研究の魅力とは〜(前編)
今回は田中 知成 教授に「糖鎖(とうさ)」の研究についてお話を伺いました。
生命科学や材料科学に関する様々な社会問題を解決する存在として、近年注目されている糖鎖。
田中教授は、この糖鎖を「つくる・つかう・こわす」という3つの視点にもとづき、研究されています。
前編では、研究事例を交えながら、糖鎖の深い世界とその可能性についてお話しいただきます。
糖に秘められた大きな可能性
私の研究室では「糖鎖」について研究をしています。糖鎖とは、糖が鎖のようにたくさん連なった分子のことを言います。

糖鎖は、核酸、タンパク質につぐ「第3の生命鎖」として注目を浴びており、医療などの分野で大きく期待されています。
今回は、そんな糖鎖の深い世界について、研究事例とともにお伝えします。

糖というと、一般的にはブドウ糖や砂糖など、食べ物のイメージがあるかもしれません。
しかし糖は、食べ物としてだけでなく、私たちの体内や自然界の様々な場所に存在しており、その種類は非常に多様です。
そして今、糖鎖は医療分野での応用や、再生可能なバイオマス資源としての利用など、大きな鍵を握る存在となっています。
糖鎖が血液型を決めている
たとえば、A型やB型など、私たちの血液型を決めているのは糖鎖(オリゴ糖)です。
実は、私たちの体の細胞の表面には糖鎖がびっしりとついていて、その糖鎖の構造のちょっとした違いによって私たちの血液型が決まっています。

また、インフルエンザなどウイルスの表面にも糖鎖がびっしりと生えて、ウイルス感染する際にこの糖鎖が重要な役割を担っています。

一方で澱粉やセルロースといった糖鎖(多糖)は、植物に豊富に含まれていて、これらは石油に変わるバイオマス資源として期待されています。
このように、あらゆる可能性を秘めている糖鎖ですが、「第3の生命鎖」としての研究は未成熟で、まだまだ未知の部分も多いのが現状です。
だからこそ面白いと私は考えています。
私の研究室では、このような糖鎖を「つくる」「つかう」「こわす」という3つの視点からアプローチしています。
「厄介」だからこそ面白い糖鎖
糖鎖を作るうえで最も厄介な点は、なんと言ってもその複雑さにあります。
糖をつなぎ合わせて糖鎖を作る際には、「どの糖を使うのか」「どの位置で結合させるのか」「どの向きで結合させるのか」といったように無数の選択肢が生まれます。選択肢があまりにも多いため、それがかえって複雑さを生む原因となっているのです。
同じ糖なのに、性質が全く違う

この2つの糖鎖は、左も右も「グルコース」という糖でできています。さらに、その糖を結合させている場所も同じです。
ですが、左は「澱粉(アミロース)」、右は「セルロース」の形となっており、全く違う糖鎖が出来上がっています。 違うのは、結合させる「向き」だけです。

たったわずかな向きの違いだけで、一方は食料となり、一方は木材という、ヒトが食べられるものと食べられないもの、全く別のものになってしまうのです。
これが糖鎖の難しさでもあり、面白さでもあります。
「酵素」と「化学」でプロセスを短縮する
加えて厄介な点は、糖鎖を作る工程にもあります。 従来の方法では、糖鎖を作る際に多くの工程を経る必要があり、多くの手間と時間がかかってしまいます。
たとえば、糖と糖をつないでオリゴ糖(二糖)を作る場合を考えてみます。2つの糖をつなぎ合わせるだけですが、そこには多くの工程が必要となります。
まず、オリゴ糖を作る下準備として「糖誘導体」と呼ばれる分子を作る必要があります。これだけでも4つの工程が必要となりますが、私の研究室では、わずか1つの工程で作るための技術を確立しました。
次に、この糖誘導体を使って、糖と糖を結合させてオリゴ糖を作ります。
ここで問題となるのが、先ほど述べた「糖が持つ複雑な構造」です。複雑な構造のせいで、オリゴ糖を作るためにはさらに多くの工程を経なければなりません。
ここで注目したのが「酵素」です。酵素は、糖を正確につなぐことのできる触媒です。この性質による「酵素反応」を利用しました。
これにより、糖を結合させる場所や向きをコントロールしながら、少ない工程で糖鎖を作ることが可能となります。

このように、たった2つの糖をつなぎ合わせるだけでも、多くの工程が必要です。糖誘導体についても、図だけを見ると緑の「官能基」を1つ付けるだけなので、一見すると簡単に見えるかもしれません。
しかし、従来の手法が長年使われ続けてきたことを考えると、糖を扱う難しさが理解できます。
だからこそ、これらの工程を短縮できる化学反応と酵素反応には、非常に大きな意義があると考えています。
この化学反応と酵素反応を組み合わせた合成法によって、数ミリグラムで数万円もするような、私達の体内にある貴重なオリゴ糖など、様々な糖鎖を短い工程で作ることが可能になりました。
「高分子 × 糖鎖」で高機能な糖鎖をつくる
さらに別の取り組みとして、合成高分子と糖鎖を組み合わせた機能性高分子の「糖鎖高分子」の研究にも取り組んでいます。
以下の図の右側をご覧ください。
ポリマー(合成高分子)に、糖鎖をたくさん結合させています。

何をしているのかというと、細胞の表面にある糖鎖の密集状態を、人工的に再現しています。
これにより、糖鎖高分子を使うことで体内で起こるさまざまな現象を調べることが可能となるほか、医薬品やバイオマテリアルとしての活用を考えています。私達の糖鎖高分子の研究は、作って終わりではなく、その糖鎖高分子が想定通りに機能しているのか検証まで行います。
たとえば、ウイルスが持つタンパク質が糖鎖高分子とどのように結合するのか検証を繰り返し、改良を積み重ねることで、より精度の高いモデルの構築に取り組んでいます。糖鎖の世界は、想像以上にスケールが大きいと考えています。食料や生命現象、さらには資源などの社会問題にまで深く関わってきます。

その一方で、たった1つの結合の向きが違うだけで、性質が大きく変わってしまうほど、繊細で複雑な一面もあります。そこには扱いづらく、思い通りにいかないからこそ、新しい発見がたくさん眠っていると考えています。
後編では、糖鎖を「つかう」「こわす」をテーマにお話しします。
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主な発表論文・関連特許
Recent advances in chemoenzymatic synthesis of oligosaccharides and polysaccharides
著者名:Tomonari Tanaka
掲載誌名: Polymer Chemistry 17(2), 125-147
出版年:2026年
β1,6-Selective Enzymatic N-Acetylglucosamination Catalyzed by the Family GH84 N-Acetyl-β-D-glucosaminidase from Bacteroides thetaiotaomicron and its Glycosyl Acceptor Specificity
著者名:Rika Okuno, Shunsuke Nakada, Kisuke Tonomura, Yuji Aso, Daijiro Takeshita, Takayuki Ohnuma, Tomonari Tanaka
掲載誌名:Chemistry – An Asian Journal 20(14), e202500142
出版年:2025年
Polymers with Pendant Water‐Soluble Tetrafluorobenzene Sulfonic Acid Activated Esters: Synthesis, Stability, and Use for Glycopolymers in Water
著者名:Sotaro Tsuji, Kazuma Kobayashi, Toshiki Fujii, Hiroaki Imoto, Kensuke Naka, Yuji Aso, Hitomi Ohara, Tomonari Tanaka
掲載誌名:Macromolecular Chemistry and Physics 223(14) 2200072
出版年:2022年
Aqueous One-pot and Oxygen-tolerant Synthesis of Glycopolymers Using Polymer-backbone-bearing Water-soluble Activated Esters
著者名:Sotaro Tsuji, Yuji Aso, Tomonari Tanaka
掲載誌名:Chemistry Letters 52(2) 67-70
出版年:2023年
Synthesis and Binding Properties of High‐Affinity Histidine‐Bearing Polymers for Wood Lignin
著者名:Rika Hinohara, Yuji Aso, Naoko Kobayashi, Kaori Saito, Takashi Watanabe, Tomonari Tanaka
掲載誌名:Macromolecular Rapid Communications 46(4) 2400487
出版年:2025年
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