身近だけど奥深い、「糖鎖」の面白い世界〜食料・材料・生命へ広がる、未来を支える糖鎖研究の魅力とは〜(田中 知成 教授・後編)

2026年5月

身近だけど奥深い、「糖鎖」の面白い世界
〜食料・材料・生命へ広がる、未来を支える糖鎖研究の魅力とは〜(後編)

前編では、糖鎖を「つくる」研究についてお届けしました。

後編では、田中 教授に糖鎖を「つかう」と「こわす」研究についてお話いただきながら、糖鎖の面白い世界や糖鎖研究に対する思いについて語っていただきました。

がん細胞だけを狙う糖鎖

これまでは、糖鎖を「つくる」ことに専念してきましたが、現在はその糖鎖を「どう活かすか」という研究にも着手しています。

たとえば、前編で紹介した糖鎖高分子を医療の分野で活かせないかと考えています。

現在取り組んでいるアプローチは大きくは2つ。

1つ目は、糖鎖高分子を抗体に導入し、抗体の働きを強化したり、抗体に新しい機能を持たせられないかと考えています。

2つ目は、細胞の表面に直接、糖鎖高分子を導入するというものです。

これらのアプローチによって、がん細胞だけを選択的に死滅させることを目指して研究しています。

現在、がん細胞に対して一定の効果があることを実験で確認できています。

「こわす」ことで資源問題を解決する

さらに、糖鎖を「こわす」研究についても取り組んでいます。

人類が抱えている大きな課題の1つに、石油の資源問題があります。石油の埋蔵量には限りがあり、代わりとなる資源を使うことは、人類の緊急の課題と言えるでしょう。

このような大きな課題を解決する鍵が、糖鎖(多糖)である「セルロース」や「澱粉」です。セルロースは、植物に含まれているため、地球上で最も多い天然の有機資源であり、有効に利用することができれば、豊富な資源を手に入れられることとなります。

ただし、セルロースはそのまま使う以外に、分解したり、加工したりして利用可能な形にすることが必要です。ここで重要なのが分解する技術です。

たとえば、セルロースの分解に触媒を使うとします。ところがこの触媒は、セルロースを分解する機能は持っているものの、セルロースに接近する術をもっておらず、セルロースに接近できなければ、効率よく分解することは難しくなります。

それなら、触媒がセルロースに接近しやすくなる分子を作れば、触媒によるセルロースの分解が起こりやすくなるのではないかと考えました。そこで、セルロースと相性の良い分子の探索を開始し、様々なスクリーニングテストを行ったのです。

その結果、セルロースと最も相性の良いアミノ酸を使ったポリマーを見つけました。この研究がさらに進み、セルロースを効率良く壊すことが可能になれば、資源問題に貢献することが期待できると考えています。

未知の領域で、新しい反応と出会う

さまざまな糖鎖に関する研究についてお話してきましたが、やはり糖鎖研究の魅力は、未知の領域が多くを占めているところでしょう。未知が多いということは、まだ誰も見たことのない現象に出会える可能性が高いということです。

自分がその最初の発見者になれると考えると、ワクワクしませんか。私自身、学生時代に新しい反応に巡り合えた経験があります。

ある日、目の前で起こった反応が、それはまだ世の中の誰も知らない自分ひとりが知っている反応だと思うと、とても胸が高鳴ったことを覚えています。この経験は、私が研究者としての道を進むきっかけとなりました。

このような経験は、頻繁に起こることではありませんが、糖鎖の研究においてはその可能性が高いかもしれません。だからといって簡単に辿り着けるわけではありません。教科書に載っていない新しいことをやっているわけですから、うまくいかないことの方が多いのも当然です。

それでも、日々の研究を楽しみながら、コツコツと続けた先に辿り着ける経験だと考えています。これが糖鎖の大きな魅力ではないでしょうか。

私の研究室で一緒に研究する学生には、技術だけでなく、こういった研究に対する姿勢や考え方を身につけてほしいと考えています。

それは社会に出て、たとえ違う分野に進んだとしても、必ず力となってくれるはずです。

すべての研究には大きな意味がある

糖鎖の世界には、多様な研究領域が広がっています。前編でお話ししたように、糖の種類や構造は非常に多様で、その解明に世界中の研究者が取り組んでいます。

私もその1人として、糖鎖の発展に何か1つでも貢献したいと考えて取り組んでいます。そのためには、今すぐ社会に役立つものを作ることも大切です。しかし、自然科学においては、もっと長期的な視点で考えることも大切だと考えています。

発見されたことが、たとえすぐに役立つものではなかったとしても、それが知識や技術として論文という形で残れば、いつかどこかで、他の研究者の役に立つ日が来るでしょう。実際、私も先人たちが残してくれた研究に何度も助けられています。

このようにして、長い時間の中で糖鎖研究が少しずつ発展していくことを願っています。 そう考えると、今この地球上で行われているすべての研究には意味があると思いますし、これから発表される研究成果は、次の世代の研究者にとって大きな財産となるのではないでしょうか。

田中知成研究室Webサイト

研究者プロフィール

田中 知成 

たなか ともなり

主な発表論文・関連特許

Recent advances in chemoenzymatic synthesis of oligosaccharides and polysaccharides

著者名:Tomonari Tanaka

掲載誌名: Polymer Chemistry 17(2), 125-147
出版年:2026年

β1,6-Selective Enzymatic N-Acetylglucosamination Catalyzed by the Family GH84 N-Acetyl-β-D-glucosaminidase from Bacteroides thetaiotaomicron and its Glycosyl Acceptor Specificity

著者名:Rika Okuno, Shunsuke Nakada, Kisuke Tonomura, Yuji Aso, Daijiro Takeshita, Takayuki Ohnuma, Tomonari Tanaka

掲載誌名:Chemistry – An Asian Journal 20(14), e202500142
出版年:2025年

Polymers with Pendant Water‐Soluble Tetrafluorobenzene Sulfonic Acid Activated Esters: Synthesis, Stability, and Use for Glycopolymers in Water

著者名:Sotaro Tsuji, Kazuma Kobayashi, Toshiki Fujii, Hiroaki Imoto, Kensuke Naka, Yuji Aso, Hitomi Ohara, Tomonari Tanaka

掲載誌名:Macromolecular Chemistry and Physics 223(14) 2200072
出版年:2022年

Aqueous One-pot and Oxygen-tolerant Synthesis of Glycopolymers Using Polymer-backbone-bearing Water-soluble Activated Esters

著者名:Sotaro Tsuji, Yuji Aso, Tomonari Tanaka

掲載誌名:Chemistry Letters 52(2) 67-70
出版年:2023年

Synthesis and Binding Properties of High‐Affinity Histidine‐Bearing Polymers for Wood Lignin

著者名:Rika Hinohara, Yuji Aso, Naoko Kobayashi, Kaori Saito, Takashi Watanabe, Tomonari Tanaka

掲載誌名:Macromolecular Rapid Communications 46(4) 2400487
出版年:2025年