光と物質のハイブリッド状態で未来社会を切り拓くタイトル(山下兼一 教授)

2023年2月

光と物質のハイブリッド状態で未来社会を切り拓く

 現在の情報化社会の礎となっている情報の処理や伝送は電子もしくは光を媒体として用いて行われています。電子も光もそれぞれ長所と短所があるため、適材適所でその役割が与えられているのです。ところが実は、これら電子(物質)と光を混ぜ合わせた状態(ポラリトン)を人工的に作り出すことができ、これは将来の量子技術や低炭素技術として非常に興味深いものなのです。

光と物質のハイブリッド化

 ポラリトン状態は、蛍光性の物質を「微小共振器」とよばれるマイクロメートル(10-6m)以下のサイズの“合わせ鏡”の中で作ることができます。皆さんご存じのように、光は1秒間で地球を7周半というすごい速さで伝達するので、放っておくとすぐにどこかに飛んで行ってしまいます。しかし、反射率の高いミラー(図1)を2枚使えば、この光を非常に小さな領域、つまり微小共振器の内部に閉じ込めることができます。微小共振器内の蛍光性物質は、光の吸収と光の放出を繰り返し行います。放出された光はミラーに跳ね返されて戻ってきて、再び物質に吸収されるわけです。これらのイベントは高速で繰り返し行われるので、そのうち微小共振器の中に入っているものが光なのか物質なのか区別がつかなくなってきます。つまり、一つの光粒子(光子)と一つの物質粒子(振動子)の間でのエネルギーのやり取りによって、ポラリトン状態と呼ばれる一つの“準粒子”が生成されるのです(図2)。

図1 微小共振器を作製するために用いる高反射率ミラー。
単なる色ガラスのように見えるが、実はある波長範囲にある光に対しては100%近い反射率を示す。
図2 ポラリトン形成の模式図

ポラリトンの“アンサンブル”状態

 生成された一つのポラリトン状態は小さすぎて一つ一つを操作することはできません。ですが、このポラリトン状態がある密度以上で生成されると、すべての状態が同じエネルギーを持ち、集団で協同的に動き出し、あたかも全体で一つの状態であるかのように振る舞います(図3)。このような現象をポラリトン凝縮と呼び、この凝縮体は興味深い量子的性質を示します。ポラリトン凝縮体は全体で位相の揃った波動性を持っており、これはいわゆる光の「レーザ発振」に似た状態と言えます。ところが、面白いことに、このポラリトン状態の起源の半分は物質ですから、質量や電荷、スピンなどの性質も引き継いでおり、そのため、凝縮体同士がぶつかったり、反発しあったり、くっついたり、色々な形での相互作用が可能となるのです。このような特長から、リザバーコンピューティングや量子ビットなどへの応用が期待されはじめています。

図3 ポラリトン凝縮の模式図。
ランダムでばらばらの波であったそれぞれのポラリトン粒子(左)がある密度以上に
生成されると、それぞれの波が重なって全体で一つの状態のように振る舞いだす(右)。

室温ポラリトニクス

 上述したポラリトンの凝縮現象は、物質(半導体の場合が多い)の蛍光性を高めるために、通常は10K以下の極低温とする必要があります。ところが近年になり、有機半導体やペロブスカイト半導体(図4)といった一部の材料系ではこのポラリトン凝縮を室温でも実現できることが分かってきました。余談になりますが、ペロブスカイト半導体は新たな高効率太陽電池用材料としても世界的に活発に研究されている注目の材料です。私たちの研究室では、特に全無機鉛ハライドペロブスカイトと分類される材料系において微小共振器を作製し、ポラリトンBCSとよばれる通常とは異なる形態のポラリトン凝縮が発現することを明らかにしました(図5)。この過程で形成されるポラリトン凝縮状態は光と物質のハイブリッド特性を崩すことなく高密度でも安定に、しかも室温で存在することができ、実用上に極めて有用であることがわかりました。私たちだけでなく、室温ポラリトン研究は様々な材料系を用いた報告例があり、世界的にも近年、注目度が非常に高まっています。エレクトロニクスやフォトニクスと同じように、光と物質とのハイブリッド状態で切り拓かれる新たな科学技術分野が発展していくかもしれません。

図4 ペロブスカイト半導体の結晶構造を示す模式図
図5 CsPbBr3微小共振器にける室温ポラリトン凝縮を示す実験結果。
発光スペクトルの検出方位角依存性を測定することにより得られたポラリトン状態の分散特性を示す。
ポラリトン凝縮を起こすと、すべての粒子が同じエネルギー状態を取るようになる(右)。

今後の展開

 実際の実験では、平面的な微小共振器の上部から集光した光パルスでエネルギーを注入し、ポラリトンを“励起”します。微小共振器平面内の自由な場所にオンデマンドでポラリトン凝縮体を生成できることは大きな特徴であり、凝縮体を流体のように平面内を移動させることなども原理的には可能です。しかし、ポラリトンを自由自在に操作できるようになるためには、凝縮閾値の低減や状態の持続時間の改善といった課題があり、まだまだ研究の積み重ねが必要です。国内外の優秀な研究者と協力しながら、これらの課題解決に向けて着実に研究を進めています。また、単にポラリトンを使うという立場だけでなく、光/物質ハイブリッド状態の背景に潜む新しい物理を探索できるという側面も大きな魅力です。人間にわかっていないことはまだたくさんあると思いますが、この世の中は光と物質だけで構成されていると大まかには言えるのです。様々な取り組みをしながら視野を広げ、純粋に実験結果を見つめることで、新たな発見にもたどり着けるかもしれないですね。

研究者プロフィール

山下兼一 教授

やました けんいち

主な発表論文・関連特許

Drastic transitions of excited state and coupling regime in all-inorganic perovskite microcavities characterized by exciton/plasmon hybrid natures

著者名 :  S. Enomoto, T. Tagami, Y. Ueda, Y. Moriyama, K. Fujiwara, S. Takahashi, and K. Yamashita
掲載誌名 : Light: Science & Applications
出版年月 : 2022年01月
巻・号・頁 : 11, 1, 8

https://www.nature.com/articles/s41377-021-00701-8

Anisotropic light-matter coupling and below-threshold excitation dynamics in an organic crystal microcavity

著者名 : T. Tagami, Y. Ueda, K. Imai, S. Takahashi, H. Mizuno, H. Yanagi, T. Obuchi, M. Nakayama, and K. Yamashita
掲載誌名 : Optics Express
出版年月 : 2021年08月
巻・号・頁 : 29, 17, 26433-26443

https://opg.optica.org/oe/fulltext.cfm?uri=oe-29-17-26433&id=453965

Excitation dynamics in layered lead halide perovskite crystal slabs and microcavities

著者名 :   K. Fujiwara, S. Zhang, S. Takahashi, L. Ni, A. Rao, and K. Yamashita
掲載誌名 : ACS Photonics
出版年月 : 2020年03月
巻・号・頁 : 7, 3, pp845-852

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsphotonics.0c00038

Ultrafast dynamics of polariton cooling and renormalization in an organic single-crystal microcavity under nonresonant pumping

著者名 :  K. Yamashita, U. Huynh, J. Richter, L. Eyre, F. Deschler, A. Rao, K. Goto, T. Nishimura, T. Yamao, S. Hotta, H. Yanagi, M. Nakayama, and R. H. Friend
掲載誌名 : ACS Photonics
出版年月 : 2018年06月
巻・号・頁 : 5, 6, pp2182-2188

https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acsphotonics.8b00041