クリエイティブな閃きで難題に挑む!大学数学の面白い世界 〜数学の世界における、美しく完璧な定理とは?〜(武石拓也 准教授・後編)

2024年5月

クリエイティブな閃きで難題に挑む!
大学数学の面白い世界
~数学の世界における、美しく完璧な定理とは?~(後編)

「数学にはロマンがある」武石准教授はそうおっしゃいます。

後編では、武石准教授の研究テーマについて、より具体的なお話を伺いながら、数学の魅力だけではなく、数学に取り組む心構えや、時代を超えて技術が継承されていくロマンについてお話しいただきました。

美しい定理の正体

数学で「良い結果」とされているものが、どのようなものかについて説明いたします。 数学の研究はシンプルな問いから出発し、その問いに答えるために一つの分野を形成します。数学において最良の結果は、出発点の問いを完全に解決している結果となります。そのため、最も良いとされる定理はとてもシンプルな形をしていることが多いです。

前編でご説明した通り、私は「作用素環の同型・非同型」というテーマを研究しており、同型という概念について簡単に説明しました。一つの分野の中で同型・非同型を決定した定理は「分類定理」と呼ばれます。

数学で最も有名な分類定理の一つを紹介します。以下に挙げるのが、「有限単純群の分類定理」と呼ばれる、2004年ごろに完成した分類定理です。

「有限群」とは最も簡単な代数構造で、その中で「単純群」とは素粒子のようなものです。この定理は、「有限群」という世界の中の素粒子すべてのリストを完成させたという定理です。現実世界の素粒子と比較すると、有限群論の素粒子は、かなりたくさんの種類があって、リスト自体はとても複雑です。しかし、素粒子すべてのリストを完成させたという結果自体はとても分かりやすく、シンプルな形をしている定理であるといえます。

この定理には遠く及びませんが、私の研究の中でもこのように「同型・非同型の完全な決定」に至った結果があります。

内容に詳しく踏み込むことは、ここでは避けたいと思います。

ただし、シンプルであれば良いというものではなく、証明が簡単すぎるとただの自明な主張となってしまいます。主張はシンプルながら、証明には技巧を凝らす必要があるのが良い定理であるといえます。 この対極にある「良い定理」として、理解することすら難しい主張が書いてありますが、多岐にわたる応用を持っている定理もまた「良い定理」であると言えます。このカテゴリーに当てはまる定理としては、「ツォルンの補題」が有名です。

初めて見ると意味不明な定理ですが、数学全体で広く使われています。作用素環論の基礎理論でも頻繁に使われます。(本学に数学科はありませんが)数学科では大学2回生くらいで、この定理を使う練習を何度もすることになります。

時代をこえて受け継がれていく技術

私が研究している作用素環論においては、使える道具がとても限られています。

たとえば、建物を作るときにトンカチしか道具がなかったら、どうでしょうか?絶望的な気持ちになると思いませんか。もちろん数学とは違う大変さがあるとは思いますが、ごく限られたツールしか用意されていないなかで、複雑で難解なテーマに挑んでいくのは相当な工夫やクリエイティブなひらめきが必要となります。

数学者としてやっていくためには、こういった困難な状況をいかに面白いと思えるか、この心構えが鍵を握っているのではないかと考えています。

数学においては、正しい計算や公式を扱える能力以上に、好奇心が必要になります。

どうやって、この難解な作用素環に挑んでいこうか。どのような糸口から解き明かしていこうか。どんな未知の世界が待っているのだろうか、という好奇心や、研究自体を楽しむという気持ちが必要です。

数学は、他の研究分野と違って、プロセスを踏めば研究が進むものではないですし、仮に順を追って研究を進めていても、それまでの作業を覆すような発見に出会ったなら、そちらの研究に進む必要があります。

新しい発見やアイディアに出会う瞬間は、私にとっては、とても楽しい時間ですし、我を忘れて研究に没頭できる時間です。

そう考えると、私も大学に入る前から数学に対して好奇心を持っていたのかもしれません。

高校生までの数学の中で、三角形など面積を求める問題に取り組んだ経験は皆さんあると思いますが、曲線を描いている二次関数の面積はどうやって求めるんだろう、という疑問が私の中でずっとありました。

その方法は、きっと複雑で難しいに違いないと思っていました。ところが高校2年生の時に積分の定理を見たとき、「え、こんなに簡単に解けるの?」と本当にびっくりしました。えらく感動したのを覚えています。

シンプルな定理の中に私が疑問に感じていたことのすべてが集約されていました。証明もA4一枚程度に収まる分量で、読んでいくと全てが腑に落ちたことを覚えています。

まさに、パッと見ただけでその内容を理解できるシンプルで素晴らしい定理でした。

これはニュートンが発見した定理です。

積分の原型となるものはニュートン以前にも多少ありますが、彼は微積分学における重要な概念や定理を発見し微積分学の基礎を築きました。やはり天才だと言わざるをえません。

この頃から、私は受験のために数学を学んでいたというよりは、数学そのものに興味を持っていたように思います。

時代を越える技術

作用素環論をはじめとする基礎研究と呼ばれるものは、一般的には実用化までに相当な期間が必要とされます。長い年月をたどって学者から別の学者へと受け継がれながら、あらゆる学問に応用され、数百年たったタイミングでようやく実社会へと実用化され始めていきます。

たとえば、前編で触れた量子力学も同じで、今ではパソコンなどのコンピューターに使われている技術ですが、ここまで来るのに相当な年月が費やされています。量子力学が始まった当時は、まさかこのような形で技術が使われているとは夢にも思っていないでしょう。

これと同じで、私たち数学者も「実社会でどのように自分の技術が使われるのか」、これをあらかじめ予測することは不可能ですし、100年後の未来がどうなっているのかは誰にもわからないことですから、予測する意味もあまりないと言っても良いかもしれません。

反対に、ここにロマンを感じることもあります。今私が行なっている研究が、時代を超えていつか世の中の製品やサービスに使われているかもしれない、人々の暮らしを豊かにしているかもしれないと考えるとワクワクします。基礎研究は世の中に浸透するまでの時間が長い分、浸透してしまえば、その後、ずっと使われ続けるという特徴もあるのです。

数学の魅力は、クリエイティブで好奇心を満たしてくれる点であったり、時代を超えて、技術があらゆる分野へと浸透していきながら実社会へと応用されていく点にあるのではないでしょうか。

研究者プロフィール

武石拓也 准教授

たけいし たくや

主な発表論文・関連特許

Constructing Number Field Isomorphisms from *-Isomorphisms of Certain Crossed Product C*-Algebras

著者名 :Chris Bruce; Takuya Takeishi
掲載誌名 : Communications in Mathematical Physics
出版年月 : 2024年01月

Limits of KMS states on Toeplitz algebras of finite graphs

著者名 :Takuya Takeishi
掲載誌名 : Journal of Operator Theory
出版年月 : 2023年10月

C*-dynamical invariants and Toeplitz algebras of graphs

著者名 : Chris Bruce; Takuya Takeishi
掲載誌名 : Journal of Operator Theory
出版年月 : 2022年11月

Partition Functions as C*-Dynamical Invariants and Actions of Congruence Monoids

著者名 : Chris Bruce; Marcelo Laca; Takuya Takeishi
掲載誌名 : Communications in Mathematical Physics
出版年月 : 2021年03月

Reconstructing the Bost–Connes semigroup actions from K-theory

著者名 : Yosuke Kubota; Takuya Takeishi
掲載誌名 : Advances in Mathematics
出版年月 : 2020年06月