「AI × 集積回路」で作る、新しいイノベーション文化 〜 集積回路の自動設計で世界の技術革新をアシストする 〜(髙井伸和 教授・後編)

2023年11月

「AI × 集積回路」で作る、新しいイノベーション文化
~集積回路の自動設計で世界の技術革新をアシストする~(後編)

後編では、髙井伸和教授が集積回路を使ってどのような未来を実現されようとしているのか、そのビジョンについて伺います。

また、髙井教授は新しいものを生み出すヒントは「多様性」にあるとおっしゃっています。面白いのは、この多様性は人間にも集積回路にも必要だとおっしゃっている点です。 この考え方を知ることが、私たち人類の可能性が開けるキッカケになるのではないでしょうか。

誰もが集積回路を作れる世の中に

集積回路作りのハードルの高さ

世の中のライフスタイルそのものを変えてしまったiPhone、自動運転技術を確立させたテスラモーターズ。これらのイノベーションには集積回路の存在が欠かせません。

たとえば、iPhone1台で、写真や動画の撮影、書類のスキャンや文字認識、音楽再生、音声録音、音声通話、ビデオ会議、睡眠の計測など、何役もこなせてしまいますが、裏を返せば、そこにはそれだけ高度な集積回路が使われているということです。最新のパソコンで使われている集積回路は、数ミリ角という小さいスペースに数百億のトランジスタが集積されており、そのトランジスタ数は年々増加しています。そのため集積回路だけでも膨大なコストと時間がかかっていることは容易に想像できます。

このように集積回路を作ると一言で言ってもそこには多くの時間とコスト、そして専門知識が必要となるので、必然的に資本や体力がある大企業でしか行えません。

つまり、ベンチャー企業をはじめとする多くの企業はどれだけ革新的なアイディアを持っていたとしても、実際はそれを製品として実現する手前の段階、集積回路の設計段階でつまずいてしまうということです。

これは非常に残念だと言わざるをえません。

設計をAIに任せるという発想

ですが、誰もが集積回路を自動で作れるようになったとしたらいかがでしょうか。

たとえば、コンピューターにいくつかの情報を打ち込み必要な集積回路が設計されるシステムがあったら、コストをかけずにアイディアを形にできるようになります。高校生や中学生であっても、世の中があっと驚くような製品を生み出すことができるかもしれません。 私の研究の醍醐味はまさにここであり、集積回路を自動で設計してくれるシステムを研究しています。

図1 回路シミュレーションと機械学習を実行する多くの計算機

ここがこれまでの集積回路の研究と決定的に違う点と言えるでしょう。 集積回路についての専門知識がなくてもアイディアさえあれば、プロダクトを開発できるような世の中を作りたいと思っています。

職人的な楽しさと プログラムを書く楽しさ

一般に集積回路の研究はモノづくりの世界と通じるものがあり、職人的な世界だと言えるかもしれません。しかし、私が行っているアプローチは真逆だと言えます。なぜなら、今まで人の手で行ってきた集積回路の設計をAIに任せてしまおうという発想だからです。

その発想に至ったのは、今思い返してみると私独自の視点があったからだと思います。私は、没頭して何かモノづくりをすることは昔から好きでしたが、その一方でモノづくり自体を自動化するためのプログラムを書くことも同じくらい好きでした。

今でいうところのChat GPTのような存在だと思います。文章を書くことも好きだが、文章を自動で書いてくれるAIそのものを作るのも好きといった具合でしょうか。通常はどちらかに興味・関心が偏りがちですが、私の場合はどちらも好きでした。この相反する2つの要素があったからこそ「AIを活用すれば、集積回路を自動で設計できるのではないか」という視点が生まれ、そこから私の研究は発展していきました。

このような背景もあり、まだ世間がAIに注目していないうちから機械学習や人工知能に興味を持ち、集積回路の自動設計に早い段階から取り組むことができました。

そんな中、2012年、Googleが人の力を借りずに、AIが自発的に猫の画像を認識するシステムの開発に成功しました(通称 Googleの猫)。当時は話題になりませんでしたが、これは使えると思い、公開されていたアルゴリズムを活用し、研究を進めました。

その4年後の2016年にAIブームが到来し、世間でもAIの存在が騒がれるようになりました。このタイミングが重なり、学会で発表した研究成果に注目いただけるようになりました。

アイディアを持つ人を助けたい

集積回路の研究をはじめて、随分と月日が経ちましたが、いつしか研究の根底には、「アイディアがある人の力になりたい」という思いがありました。

「集積回路を設計する」というステップを多くの起業家やイノベーターが簡略化できれば、その分だけ世の中は大きく変わっていくでしょうし、もっと活躍できる人が世の中に生まれます。 私の研究の最終的なゴールは、集積回路を作る人たちや、また集積回路に知識を持たない人でも、簡単に集積回路を作れる世界です。

私が作ったシステムが、オフィスワークにとってのワードやエクセルのように、集積回路を作る上でなくてはならない存在となればとても嬉しいですね。このゴールに辿り着くためにはいくつかの必要なステップがあります。

まずは「AIによって適切な集積回路を簡単に選ぶことができるシステムの実用化」です。

新しい集積回路を作ることも難しいですが、すでにある無数の集積回路の中から、どれを使えばベストなのか選択をすることも非常に難しく、これだけでも骨の折れる作業です。 この作業の簡略化をAIによって実用化させたいと考えています。そうすることで集積回路の設計時間が劇的に減り、研究者はよりクリエイティブなことに時間を使えるようになります。

多様性は人にも集積回路にも必要だった

人と回路は似ている

集積回路の研究をすればするほど「人間と似ているな」と感じることがよくあります。以前、遺伝的アルゴリズムというものを使って回路を自動設計する研究をしていました。遺伝的アルゴリズムとは生物の進化の過程をアルゴリズムにしたものです。

生物は交配を繰り返しながら進化してきましたが、この進化の仕組みを使います。 はじめに10個ほど集積回路を用意して集積回路同士を交配させながら、より良い集積回路へと進化させようという実験です。

この研究で得た教訓の一つに、多様性の大切さがあります。

ハイスペックな集積回路同士を掛け合わせると、もちろん優れたスペックをもつ集積回路が生まれます。ですがあっと驚くような全く新しいものが生まれることはありませんでした。新しいものを生み出すためには、スペックだけでは測れない面白い個性をもつ集積回路をかけ合わせる必要があることに気づいたのです。

このように考えると人間も同じことが言えるのではないでしょうか。

私たちは、つい数値だけで色々なものごとを測りがちですが、数値化できない人それぞれの個性や得意分野、生い立ち、文化があり、そういった多様性を大切にするからこそ、化学反応が起きて新しいものが生まれるのです。

多様性を大切にすると面白い成果が生まれる

この多様性は、学生と接する中で最も大切にしている点です。

ありがたいことに全国の大学で行われる「演算増幅器設計コンテスト」で、これまでたくさんの教え子たちが上位に入ってきました。一昨年は11人、昨年は12人の教え子たちが上位に入るようになり、最優秀賞を獲得した学生もいます。次は総合優勝を狙いたいと考えています。

この結果について「研究室でどのようなことを教えているのか」と質問をいただくことがありますが、実は私から教えることはあまりありません。私の役割は空気作りや環境づくりです。それぞれの学生が自分らしさを大切にできるように、自分の考えを尊重できるような楽しい環境づくりを目指しています。

今日も研究室に行きたいなぁ。そう思える場所があれば、自然と学生は集まり、自然と学生同士で活発な議論や助け合いが生まれます。私の役目としては、困った時に手を差し伸べるということです。 そうすることで、私では気付けなかった発見や、他の人が思い付かない発想をもつことができ、それが研究の成果につながっています。これはまさに多様性のなせる技ではないでしょうか。

いつか、人間が思いつかない回路を作れるようになる

現代ほど、多様性が求められる時代はありません。

人とは違う発想を持てることが価値であり、新しいアイディアは多様性の中で生まれます。 そこに年齢は関係ないと思っています。高校生や中学生であっても、必要な環境さえあれば誰もが可能性をもっています。

集積回路の自動設計技術がそういった方の役に立てればと考えています。 そして、いつの日か自動設計技術によって、人間が思いつかない集積回路を機械が作れるようになると、もっと面白い世の中になっていくのではないかと思っています。

研究者プロフィール

髙井伸和 教授

たかい のぶかず

主な発表論文・関連特許

Self-improvement of OPAmp parameters using Q-Learning

著者名 : N. Takai; M. Fukuda; M. Saruta
掲載誌名 : International Conference on Synthesis Modeling Analysis and Simulation Methods and Applications to Circuit Design (SMACD 2019)
出版年月 : 2019年07月

Comparator Synthesis Using Distributed Genetic Algorithm and HSPICE Optimization

著者名 : N. Takai; K. Suzuki; Y. Sugawara
掲載誌名 : Applied Mechanics and Materials
出版年月 : 2019年02月

Inference of Optimal Analog Circuit Topology Using Deep Learning

著者名 : T. Matsuba; N. Takai; M. Fukuda; Y. Kubo
掲載誌名 : IEEE International Symposium on Intelligent Signal Processing and Communication Systems (ISPACS 2018)
出版年月 : 2018年11月

Output Voltage Ripple Compensation for Switching Power Supply in EMI Reduction Method with Theoretical Analysis

著者名 : T. Arai; N. Miki; Y. Kobori; N. Takai; Y. Sun
掲載誌名 : IEEE International Symposium on Intelligent Signal Processing and Communication Systems (ISPACS 2018)
出版年月 : 2018年11月

EMI Reduction with Low Output Ripple Voltage in DC-DC Converter

著者名 : N. Takai; T. Arai; N. Miki; Y. Kobori
掲載誌名 : 2018 International Conference on Analog VLSI Circuits
出版年月 : 2018年10月

【関連の出願特許】

【発明名称】学習装置、回路設計支援装置、学習方法、回路設計支援方法、学習プログラム、及び回路設計支援プログラム
【公開番号】特開2023-115553
【発明者】髙井伸和, 齋藤彰寛


【発明名称】素子値推論方法、素子値推論装置、及び、素子値推論プログラム
【公開番号】特開2020-187395
【発明者】髙井伸和, 福田雅史, 猿田将大


【発明名称】回路設計装置、回路設計方法及びプログラム
【公開番号】特開2020-184123
【発明者】髙井伸和, 福田雅史, 猿田将大