デジタル技術で支える木造建築の未来 〜確かな安全性で、世代を超えて受け継がれる木造建築を目指して〜(村本真 准教授・前編)

2023年12月

デジタル技術で支える木造建築の未来
~確かな安全性で、世代を超えて受け継がれる木造建築を目指して~(前編)

京都には歴史的な木造建築をはじめ日本を代表する観光資源がたくさんあります。これらを世代を超え後世にまで残すことは日本の価値を守る上でもとても大切だといえます。

今回お話を伺う村本真 准教授は最先端テクノロジーを活用して、日本の木造建築を様々な災害から守り後世にまで残すための研究をされています。

もちろん、この研究は文化財だけではなく一般住宅でも活用することができ、コストを抑えながら精度の高い安全性を今の住宅に持たせることができるようになります。

また、村本先生が目指されているのはそれだけではありません。人手不足や技術継承の問題など建築業界がかかえる深刻な課題を大胆な発想を持って解決されようとしています。 これらの研究が実用化されれば、これまでとは違った建築文化が生まれるはずです。

日本の木造建築を後世にまで残す

私の研究は構造力学とそれを用いたコンピューターシミュレーションですが、これらの技術の目指す先は日本の木造建築の保存にあります。 当大学があるここ京都には町家やお寺、そのほか文化財など貴重な建築がたくさんあります。これらの木造建築を世代を超えて残していくための研究をしています。

これらの文化財を永続的に残していくために必要なことは、定期的にメンテナンスをし、場合によっては補強をしながら、災害に耐えうる安全性を確保していくことに他なりません。

そもそも、永久に安全性を保てる建築というものは存在しておらず、時を経るごとに必ず老朽化が進むので、どんな建築にも必ず補強などのメンテナンスが必要になります。 既存建物の補修・補強をする場合、以下の3ステップを踏んでメンテナンスを行うことが可能となります。

ステップ1: 材料調査

建物に使われている材料の性能を調査

ステップ2 :シミュレーション

調査結果をもとに、様々な災害を想定したコンピューターシミュレーションを実施

ステップ3 :補強の可能性の検討

シミュレーション結果に基づき補強の可能性を検討

ところが、文化財の補修・補強については、まだステップ1の材料の調査をする方法が十分に確立されていないのが実際です。

調査のためにはサンプルとして建築に使われている木材や土壁の一部を採集しなければなりませんが、この方法ですと文化財を傷つけてしまうことになるので、壊さずに木材と土壁を調査する方法が必要です。

ですから「どの部分の安全性が低下しているのか」「どこを重点的に補強をすべきなのか」もわかりにくく、建物の現状そのものを把握することもできていないのが実際です。

その結果、危うそうなところがあれば強度の高い鉄骨で補強しておこうという考えになるケースもあります。

一般住宅はもしかしたらこれでもいいかもしれませんが、文化財ですので、可能であれば鉄骨による補強をせずに済ませられることがよい場合も多いと思います。 つまり、文化財の保存を考えた場合、まず必要になるのが建物をできるだけ傷つけることなく、使われている材料の調査をする技術が必要になるということです。

木造建築は難しいからこそ面白い

しかし、なぜこれほどまでに木造建築は鉄骨の建築と比べて扱いにくいのでしょうか。

木材は生物材料であるので個体差があります。また、節などの欠点があることも多く、製材ごとのばらつきをいかに扱うかが難しい所です。

ひとくくりに日本人と言っても、人の数だけ個性があるように製材にもそれぞれの個性があります。

また、木材はどの方向から力を加えるかによって、影響の受け方がかわってきます。これを異方性と言いますが、たとえばある方向から力を加えても、別の方向から力を加えると違う性質を示します。

ですから、木材を使用する際は、どの方向に力が作用するかを考慮し、適切に配置する必要があるのです。

これに比べて鋼の場合は材料に方向性がなく(これを等方性といいます)、個体差がほとんどありません。ですので、使われている鋼の仕様を見れば性質がわかりますので、錆があって傷んでいるというような場合を除いて調べる必要がありません。

これだけテクノロジーが発展した現代であっても、木材については、壊さずに材料の性質を調べるにはまだまだ分からないことが多く、これを新しい計測技術を使って解き明かしていこうとするのが私の研究テーマの1つなのです。

分からないことだらけの世界で、それを1つ1つ可能にしていくこと自体が私にとってはとても面白い仕事になっています。

もし木材建築を一切傷つけることなく正確に調査できるようになれば、伝統的な古い建築から一般住宅のリノベーションにも今後、応用ができるようになり、住宅の在り方も変わっていくのではないかと考えています。

老朽化が進むと、フルリノべーションや立て替えをするのが今の風潮ですが、このような調査技術が確立できれば、必要な箇所だけをピンポイントで補強すれば良いので、定期的にメンテナンスを行う必要はありますが、コストを抑えながら生涯安全な家に住み続けることができるようになります。

木造建築ではまだまだわからないことも多く、これまでには茶室の土壁を実験室でモーションキャプチャシステムを使って、土の動きを調べることもしています。

モーションキャプチャを用いた茶室の土壁の破壊実験の様子

テクノロジーとの連携で生まれた日本唯一の調査技術

私の研究は大きく分けると3つの要素から成っています。

先ほど補強のための3つのプロセスをお伝えしましたが、これら3つの研究を同時並行で進めています。

ステップ1: 材料調査

建物に使われている材料の性能を調査

ステップ2 :シミュレーション

調査結果をもとに、様々な災害を想定したコンピューターシミュレーションを実施

ステップ3 :補強の可能性の検討から実施へ

シミュレーション結果に基づいた補強の実施

この中でも今回はステップ1の調査とステップ3の補強の実施に焦点を当てて研究の紹介をしたいと思います。

土壁を調べる技術

様々な災害を想定したシミュレーションを行うには、建物に使われている材料の性能データがどうしても必要になります。町家や伝統的な木造建築における材料とは主に木材と壁土の2つです。

この2つの材料の性能がわかれば、コンピューターシミュレーションを使って安全性を調べることができます。

現在、土壁を調べる方法としては、壁に針を刺して強度を調べる方法がありますが、これでは文化財の場合には傷つけてしまうことになるので使用することができません。

そんな中で私が開発したのが、写真の機械を用いた非破壊検査法です。この方法を使うことで土壁を傷つけずに調べることが可能となりました。 この機械は、本学の繊維学系佐久間教授による研究成果です。

佐久間教授の研究テーマ
http://www.cis.kit.jp/~sakuma/theme.html

押込試験による壁土の非破壊検査装置

この機械の先端を壁土に押し当て、押した時の力と先端が伸縮した量のデータを取得できるのですが、この取得したデータと、壁土が壊れる時のデータとの関連性があることを発見しました。

土壁で非破壊検査装置を使用している様子

この関連性を読み取ることができれば、わざわざ土壁を壊して材料の実験をしなくても、壁土の強度を調べることができるのです。

木材を調べる技術

木材に関しては、現在は木に治具や機器を当てて音波等を用いて調べる方法がありますが、そのためには木材の密度に関する性能が必要となる場合があります。

木材の密度を調べるためには、木材の一部を切り出して調べるしかありませんので、結局文化財に傷をつけてしまうことになってしまいます。

そんな中で私が取り組んでいるのが、木材を採取せずに密度を調べる方法です。そのほかにも強度やヤング係数などの材料の性能もわかるようになってきています。これも佐久間教授が研究開発された機械を使用しています。

建物を傷つけずに土壁と木材の性質を調査する方法の実用化が徐々に見えてきました。

テクノロジーを掛け合わせて研究を加速させる

この調査技術が確立できれば、日本の木造建築文化に大きな良い影響をもたらせると考えています。

振り返ってみると、想定していた以上に速いスピードで実現することができたと感じています。 様々なテクノロジーを掛け合わせながら研究を進めていくというスタイルが功を奏したと考えています。

これまでの研究スタイルは、研究室に閉じこもって自分の研究に没頭するというものでしたが、今の私の場合はむしろ研究室の外へ飛び出して、他分野の先生方の研究を色々と勉強させていただきながら、自分の研究に取り入れられないかなと常々考えていました。

自分1人で遂行するのではなく、他分野の技術と連携をしながら研究を進めるスタイルです。

先ほど紹介した土壁を調査する技術も、佐久間教授が研究していた技術と掛け合わせたからこそうまくいきました。また、実験ではKYOTO Design Labの支援もいろいろな場面で頂いています。

もし私が研究室に閉じこもって1人で研究をしていたなら、月日がさらに必要になり、その分だけ研究は鈍化してしまいます。

ですから、周りの方々の協力があってこそ成り立っている研究でもあります。

後編でお伝えするロボット技術も同じです。ロボット自体の研究から始めていては、いくら時間があっても足りないでしょう。

そういった意味で、今研究のあり方がものすごく変わっているなと肌で感じます。私たち研究者に必要なのは専門分野以外の技術やテクノロジーに対して関心を持つこと、そしてそれらの技術を統合しながら研究を進めていく力ではないかと考えています。

(後編に続く)

研究者プロフィール

村本真 准教授

むらもと まこと

主な発表論文・関連特許

A fiber beam-column model for damage assessment of traditional Chinese timber structures

著者名 :Rong Hu; Makoto Muramoto; Jun Li
掲載誌名 : Journal of Asian Architecture and Building Engineering
出版年月 : 2023年07月

木材のめりこみ試験時の弾塑性表面変位形状の計測と全面横圧縮応力ひずみ関係を用いためりこみ荷重の予測

著者名 : 井上祥子; 村本真
掲載誌名 : 日本建築学会構造系論文集
出版年月 : 2023年03月

ファイバーモデルで柱脚の応力状態を考慮した柱の傾斜復元力挙動の解析

著者名 : 胡蓉; 村本真
掲載誌名 : 日本建築学会構造系論文集
出版年月 : 2022年12月

左官職人の鏝の動きに基づく経路により制御したロボットアームによる土塗り左官

著者名 : 登尾育海, バルナ ゲルゲイペーター, 村本真, 西村智賢
掲載誌名 : 第45回情報・システム・利用・技術シンポジウム論文集
出版年月 : 2022年12月

壁土の圧縮試験から得た材料特性と押込試験結果の関係

著者名 : 牛谷和弥, 村本真
掲載誌名 : 構造工学論文集 64B
出版年月 : 2018年3月