デジタル技術で支える木造建築の未来 〜確かな安全性で、世代を超えて受け継がれる木造建築を目指して〜(村本真 准教授・後編)

2024年1月

デジタル技術で支える木造建築の未来
~確かな安全性で、世代を超えて受け継がれる木造建築を目指して~(後編)

前編では、文化財の修繕の難しさやその課題をどのように解決していくのかについてお届けしましたが、村本先生はここから一歩踏み込まれた研究をされています。

建築業界全体が抱える人手不足の問題をロボットテクノロジーによって解決されようとしています。これまでとは違った視点でロボットを活用されている点がとても印象深いです。

もしこの技術が実現されれば、作業現場でロボットと職人さんが1つのチームとなり作業を進めている風景を見られるようになるかもしれません。

ロボットと職人が一緒に働く風景を夢見て

材料を調べる技術と、そのデータをもとにシミュレーションする技術が確立すれば、建物のどこを補強すれば良いのかが具体的に見えてきます。ここから先は、建物の補強工事になりますので、本来であれば大工や工務店の領域となり、私たち研究者ができることはここまでとなります。 しかし、私はここから一歩踏み込んで、補強の実施まで視野に入れた研究を行なっています。

今建築業界は深刻な問題に直面しています。1つは職人の人手不足です。常にどこの建築現場にも職人が足りておらず、現場がスムーズに流れていません。

町家の改修現場

2つ目は、人手不足が原因で技術の継承がうまくなされていない点です。後を継ぐ人がいなければ、その職人が持つ技術がそこで途絶えていくことになります。

こうなってしまうと、木造建築を扱える人がどんどんいなくなり、木造建築を残すこと自体が難しくなってしまうでしょう。これらの傾向は年々顕著になっており、放置しておくと大きな問題につながっていきます。

したがって、建築業界においては、補強の実施までを考えていなければ、私たちの研究は意味をなさないものとなってしまうと考えています。

これまでとは違うロボット活用法

そこで、私が提案する解決策がロボットによる施工です。職人が持つ技術をそのままロボットに移植をして、職人とロボットが現場で一緒に作業をしていくようなイメージです。

今取り組んでいるのは土壁をロボットに塗らせる研究ですが、特徴的な点としては、人間に近い動きをさせている点です。

よく工場でロボットが製品を組み立てている映像を、ニュースなどで見ることがあります。これらは、ロボットが得意とする動きを繰り返し作業でやらせています。

しかし、これでは、職人がロボットと一緒に働くような環境を作ることは難しいでしょう。

そこで、あくまでも職人と同じような複雑な動きをロボットに持たせようとする発想で設計をしています。熟練を重ねた職人の微妙な手捌きや力の入れ具合などを再現します。

職人の動きは複雑なので、当然ロボットに全ての動きを網羅するようにプログラミングする方法では、とてつもない時間がかかってしまいます。

そこで左官職人の動きをそのままモーションキャプチャーする方法で、職人にセンサーをつけて、職人の動きをそのままロボットに組み込むというやり方を採用しています。

左官職人のモーションキャプチャの様子

モーションキャプチャーシステムは、これまでは前編でお伝えした土壁の破壊実験等に応用していましたが、今は本来の使い方である人の動きを調べるために活用しています。

この方法がうまくいき、1年くらいで、ある程度の動作をロボットアームで実現できるようになりました。

以下の写真は、ロボットが実際に土壁を塗っている写真です。

ロボットアームによる土塗り左官

職人はよりクリエイティブな業務へとシフトする

このロボット技術が普及すると、各現場にロボットが何台か配置され、それを取りまとめるのが職人という形になります。職人とロボットが1つのチームとなり現場を動かしている風景を見ることができるでしょう。

またロボットは、人間とは違い、昼夜関係なく継続的に作業ができます。人手不足の問題が解決され、現場はこれまで以上にスピーディーに回っていくことになります。

何より作業をロボットが代行できるようになることで、職人のあり方そのものも変わっていくでしょう。

作業時間が減る分、施主との打ち合わせ時間を増やしたり、設計プランのブラッシュアップなど、よりクリエイティブな作業へとシフトしていきます。

他にも職人が体を痛めることも減るでしょうし、負荷が大きいというイメージも薄まれば、働き手の数も増えていくかもしれません。

数百年先まで木造建築の技術を残すために

さらには、デジタル空間に職人のモーションキャプチャーのデータを保存しておけば技術の消滅を防ぐことができます。建物自体も大切ですが、それを施工する技術自体も継承されなければ、木造建築を保存することが難しくなります。

つまりデータの保存によって、後継者は先代、あるいは先々代の職人技術をデジタル空間上でリアルに確認することができるようになるのです。ARゴーグルなどを使用すれば、より臨場感を持って熟達者の技術を学ぶことができますので、技能教育にも有効になるはずです。

もし昔に遡り歴史的建造物の建築技術をデジタル空間に残せていたなら、今の建築技術のあり方も随分と変わっていたでしょう。それと同じことが私たちの世代を超えた数十年後、数百年後にも起こることを考えると、デジタル空間に技術の種となるデータを残しておくことは非常に大切です。

「消費」から「継承・保存」へ

研究の最終形態

研究のゴールは、技術の確立そのものよりも木造文化の保存にあります。

ですから、木造建築を調べる技術だけではなく、どうやって施工をするのか、どうやって人出不足を解決するのか、その解決策までを提供する必要があると考えています。

調査から施工までの全てを関連させて研究してこそ実効性があります。

調べる技術、シミュレーションする技術、施工する技術、これら3つがシームレスに接続できる設計・施工法が提供できれば、木造建築の使い方そのものが変わっていくでしょう。

大工や工務店がリフォームをする際も、目視確認ではなく、使っている材料の性質を直接把握できることで具体的なデータをもとに修繕プランを立てることができるので、施主だけでなく施工する側もこれまで以上に安心して工事に臨めるようになるのではないでしょうか。

また、正確なデータに基づいた設計があれば、不必要な補強や材料を使用することがなくなるので、コストも下がり、もっと手軽に家をメンテナンスすることができるようになります。その結果、何世代にも渡り大切な住宅が残り続けることになります。

今、日本では新築を建て古くなれば潰して建て替えるというスタイルがまだまだ多いのではないでしょうか。これはどちらかというと家を消費していくスタイルのように思えます。

そうではなく、大切な思い出の詰まった家を必要な箇所だけ補強しながら大切に住み続ける持続可能性を持ったスタイルが少しずつ定着すると良いなと思っています。そうすることで、人にとっても地球にとっても優しい家になるように思えます。

「古い家 = 価値のある家」というイメージに変えたい

「古い家 = 災害に弱い、住みにくい」というイメージがあるかもしれませんが、実はこういった考え方は世界的に見るとあまり一般的ではありません。

たとえば、諸外国で住宅は、築年数が上がれば上がるほど資産価値も増していく場合もあります。数十年経つと資産価値がなくなってしまう日本とは真逆です。

それは、諸外国では建物を改修しながら長く住むという価値観がしっかりと根付いているからです。また古い外観であっても、一歩中に入ってみると、近代化された状態に改修されていたりするので住みやすさも抜群です。

日本の木造建築技術は本来、世界に誇れるものであるはずです。メンテナンスと修理を経て、いくつもの災害を乗り越え、いまだ健在している歴史的建造物があります。

ですから、趣があるデザインとして建築を見るだけではなく、安全性や文化の保存といった観点から、建築を考えていくのも、とても面白いと思いませんか。

どんな素晴らしい建築も、安全性や強度などを十分に考えられた上で建てられており、こういったバックグランドに支えられていることを忘れてはいけません。

また、木造建築の安全性を追求することは、文化財など古い建物だけではなく、これまでにないユニークな木造建築を作る際にも必要となります。最近の事例としては、岡山県倉敷市にあるカモ井加工紙株式会社さんの営業事務所棟を設計する上で、安全性を確認するための実験を研究室で担当させていただきました。

カモ井加工紙営業事務所棟の外観(写真/© 阿野太一 | 設計:武井誠+鍋島千恵/TNA)
カモ井加工紙営業事務所棟の架構(写真/© 阿野太一 | 設計:武井誠+鍋島千恵/TNA)

この建築の架構は、柱や梁の木部材を交差にさせることで組み上げられています。

結果としてとてもユニークなデザインとなっていますが、その分、安全性を確保するための入念な調査が必要になり実験に協力しました。

このように、文化財のような古い建築においても、新しい建築においても、安全性と文化の観点から木造建築の可能性を考えていくことで未来の価値へとつながればと良いなと思っています。

<取材後記>

私たちが普段、家や施設で不安を感じることなく安心して過ごせているのは、安全性というバックグラウンドに支えられているからこそだということを改めて気付かされました。

特に興味深かったのは木造というアナログなものをデジタルの力と大胆な発想を持って解決されようとしている点です。

また、「日本の木造建築を守る」ことを考えた場合、建築業界が抱える人材不足の問題や技術の継承問題にまで足を踏み込んで考えないと、本当の意味で木造建築を守ることにはならないのではないかという考え方には「なるほど」と思わされた次第です。

京都などでの歴史的建造物を見る際、趣やデザインだけではなく、安全性という観点から眺めてみるのも面白いのではないでしょうか。

(取材・執筆 / WIDTH creative 鉄尾 和弥 )

研究者プロフィール

村本真 准教授

むらもと まこと

主な発表論文・関連特許

A fiber beam-column model for damage assessment of traditional Chinese timber structures

著者名 :Rong Hu; Makoto Muramoto; Jun Li
掲載誌名 : Journal of Asian Architecture and Building Engineering
出版年月 : 2023年07月

木材のめりこみ試験時の弾塑性表面変位形状の計測と全面横圧縮応力ひずみ関係を用いためりこみ荷重の予測

著者名 : 井上祥子; 村本真
掲載誌名 : 日本建築学会構造系論文集
出版年月 : 2023年03月

ファイバーモデルで柱脚の応力状態を考慮した柱の傾斜復元力挙動の解析

著者名 : 胡蓉; 村本真
掲載誌名 : 日本建築学会構造系論文集
出版年月 : 2022年12月

左官職人の鏝の動きに基づく経路により制御したロボットアームによる土塗り左官

著者名 : 登尾育海, バルナ ゲルゲイペーター, 村本真, 西村智賢
掲載誌名 : 第45回情報・システム・利用・技術シンポジウム論文集
出版年月 : 2022年12月

壁土の圧縮試験から得た材料特性と押込試験結果の関係

著者名 : 牛谷和弥, 村本真
掲載誌名 : 構造工学論文集 64B
出版年月 : 2018年3月