『合理的なオフィス』は、なぜ成果を生まないのか〜ユーザーの「働く」を紐解くと、オフィスの「正解」が見えてくる〜(松本 裕司 准教授・後編)

2026年3月

『合理的なオフィス』は、なぜ成果を生まないのか
〜ユーザーの「働く」を紐解くと、オフィスの「正解」が見えてくる〜(後編)

「正しいオフィスを作っても機能しない」

ワークプレイスの現場では、このようなことが頻繁に起きていると松本先生はおっしゃっています。

後編では、その理由はどこにあるのか、その本質的な理由を探りながら、ワークプレイスを研究する醍醐味や楽しさをお話しいただきました。

解決型から共感型へシフト

合理的なのに、成果がうまれない理由

これまでは「成果が出るオフィス」を目指して、理屈で考えながら効率的なオフィスを作る方法が主流でした。説明を聞けば非常に合理的に作られており、申し分ないように思います。

にも関わらず、、、

「なぜか、良い変化が生まれない」

実は、こういうケースは意外に多くあります。

一方で、特別なことを解決しているわけではないのに、生産性や満足度が向上しているオフィスもたくさん見かけるようになりました。

この違いはどこにあるのでしょうか。

一つは、ワークプレイスが「共感型」で作られているかどうかです。

明確なロジックがなくとも、「これっていいよね」という風に、みんなの共感を得ながら作られたオフィスは、積極的に使われていき、自然と改善も起きていくという良いスパイラルに入っていけます。

たとえば、オフィスの中にアスレチックを設置している事例がありますが、ロジックだけで考えていても、ここにはたどり着くことは難しいでしょう。

もちろん合理的に考えることも大切ですが、それ以上に社員たちが、胸を躍らせたり、「確かにこの設備があるだけで気分が上がるよね」というような「共感性」が含まれていることの方が、与えるインパクトは大きいと考えています。

みんなが当事者になる仕組み

共感型でワークプレイスを作る鍵は、働く人たちが自分ごととして関われるかどうかにかかっています。

たとえ理論を学び、それに沿ったオフィスを作ったとしても、そこに自分の感情や、具体的なイメージが含まれていなければ、結局は使われないオフィスとなってしまいます。

前編で紹介した地図シリーズも、地図を囲んで語り合うことで、リアルなユーザーとしての意見が引き出されることに価値があります。

そこで私の研究室では、これまで蓄積してきた知識の土台を、ユーザーが自然と関わりたくなるようなツールへと変換する研究も進めています。

リアルな意見を引き出すスゴロクの開発

その試みの一つとして開発したのが、ユーザー参加型のワークプレイスづくりで活用するスゴロクです。ワークショップツールの開発の代表例ですね。

特徴は順番にマスを進めていくだけで、専門知識がなくても、オフィスづくりのステップを自然に踏んでいける点です。

さらに、テーブルを囲みながらワイワイと遊び感覚で進めることで、堅苦しい会議では出てこなかった「本音」や、本人も気づいていなかったようなニーズがポロッとこぼれでてきます。会社での会議ではなかなか本音が出てこないんですね。

ゲームが終わるころには、自分たちに必要なワークスペース、ワークツール、ワークスタイルが明確となっている状態を目指しています。

また、マスを進めてきたプロセスそのものが根拠として機能するため、社内や経営層へのプレゼンも容易にできるようにも設計されています。

VRとの融合

さらに、情報技術を活用した「体験型のツール」開発も行っています。

自分ごととして捉える上で「体験」に勝るものはありません。フリーアドレスの職場も実際に見て分かることの方が多いはずです。

実際、海外オフィスの視察に行くと、参加した人はリアルなイメージを持ったまま議論に入れるため、話し合いの解像度が一気に上がります。しかし、実際は誰かが代表していくことになりますので、視察した人とそうでない人との間には大きなイメージの乖離が生まれてしまうでしょう。

そこで、前編で紹介した「ABWの概念マップ」で整理をしたオフィス事例を、VR空間として体験できるようにすればどうかと考えました。

もしメンバー全員が、VR 空間の中で同じものを体験しながら感覚やイメージを共有できれば、議論の質は一気に上がっていくでしょう。

平面図だけでは掴みにくい部分も、体験をしながら話すことで、抽象的な議論から具体的な検討まで、臨場感をもって進めることができます。

その結果、そのチームだけの、本当に機能するワークプレイスの仕様書ができあがっていきます。

ワークプレイスは、なぜこんなにも面白いのか

これまでお伝えしたように、ワークプレイスとは、デザインというアウトプット部分だけを考えてもうまくいきません。

むしろそこにたどり着くまでのプロセスが非常に大切です。

空間の向こう側には、働く人たちがいます。その人たちの活動や価値観、悩み、会社としての目指す姿など、これらをしっかりと紐解くことから始めなければなりません。その土台があってはじめて、空間づくりがスタートします。

その上で、ユーザーが積極的にワークプレイスに関わっていける仕組みも必要になります。

これがなければ、使う側は建設的に考えることができず、本当にこれでいいんだろうかと迷いがある中で、曖昧なまま仕様書を作ることになります。

それでは作る側も、正解のないままオフィスを形にするしかありません。私の研究は、まさに使う側と作る側の間をつなぐ橋渡しとして意味があると考えています。

地図シリーズや紹介した様々なワークショップツールがあることで、使う側は満足のいく仕様書を作ることができ、作る側はその仕様書をもとに、さらに精度の高い提案が可能となります。

ワークプレイスならではの醍醐味

このように考えるとワークプレイスの研究は、住宅や商業施設とは違った空間づくりとしての面白さがあると言えます。

学生にも、ぜひこの醍醐味を味わってほしいと考えています。

学生はまだ社会経験が少ないため、オフィスビルの中で何が行われているのか実感を持つのは難しいでしょう。しかし、そこには見えない魅力がたくさん隠れています。

たとえば少し視点を変えて都市を眺めてみると、街の大部分を占めているのは実はオフィスビルであることがわかります。さらにその空間には、商業施設などに比べて、はるかに大きなコストと時間が投じられているのです。

なぜなら、会社とは「本気で価値を生もうとしている場所」であり、大人たちが日々真剣に議論を重ねている場所だからです。

そして、その「価値創造」を大きく左右するのがワークプレイスなのです。

だからこそ、ワークプレイスを考えることは、空間を設計することを超えて、社会全体に大きなインパクトをもたらす可能性を秘めています。

このようなエキサイティングなテーマについて、じっくりと学術的に取り組める機会は学生のうちしかありません。ぜひ、この貴重な時間の中で、研究を通じて多くのことを得てほしいと考えています。

研究者プロフィール

松本 裕司 

まつもと ゆうじ

主な発表論文・関連特許

ワークシーンにおける感情を共有するワークショップツール『感情マップ』の開発(その2): 『感情マップ』を活用したワークショップの効果の検証

著者名:西田泉, 加谷礼, 舛田愛海, 上西基弘, 庵原悠, 遠藤一, 松本裕司

掲載誌名: 日本オフィス学会誌 16(2) 20-27
出版年月:2024年11月

多様化する要素空間の類型化に関する基礎的研究― 優良オフィスにおける分類フレームの開発―

著者名:仲野裕大, 土井隆ノ介, 村田惇, 中川栞里, 松本裕司

掲載誌名:日本オフィス学会誌 16(2) 28-35
出版年月:2024年11月

ユーザー参加型オフィスづくりのためのワークショップツール「オンラインすごろく」の開発

著者名:片瀬奈緒子、前原茉莉子、石山希、山下正太郎、松本裕司

掲載誌名:日本オフィス学会誌 vol.15 No.1 pp.31-38
出版年月:2023年4月

市町村庁舎における職員の行動を示す言葉の体系化に関する基礎的研究-庁舎のワークプレイス計画・運用のために-

著者名:松本裕司、前原茉莉子、石山希、岡田真幸、中川栞里、岩﨑太子郎、大川徹、清重剛男

掲載誌名:日本オフィス学会誌 vol.14 No.2 pp.32-40
出版年月:2022年10月

自己組織化マップによるワークマインドの認知概念整理-働く環境の計画運用に資する指標の総合化-

著者名:石山希、松本裕司

掲載誌名:日本建築学会技術報告集 第28 巻 第70 号,pp.1390-1395
出版年月:2022年10月