小さな歯車で実現する「事故のない世界」〜異変を未然に検知する「スマート・ギヤ」とは〜(射場 大輔 教授・前編)

2026年6月

小さな歯車で実現する「事故のない世界」
〜異変を未然に検知する「スマート・ギヤ」とは〜(前編)

今回、お話を伺うのは、機械工学系の射場 大輔 教授です。

テーマは「スマート・ギヤ」。

もしかしたら、あまり聞き慣れない言葉かもしれません。射場先生は、機械に使われている歯車に「高度な機能を持たせる」という、前例のない研究に取り組まれています。

いったい歯車にどのような機能を搭載しようとしているのでしょうか。その全貌を伺いました。

ギヤで革新的な安全技術を生み出す

私の主な研究テーマは「スマート・ギヤ」です。

ギヤとは、いわゆる歯車のことですが、車などの乗り物やロボット、または掃除機のような身近な機械まで、あらゆるものに使われている重要な部品です。

歯車は機械の動力を受け止めるという、非常に重大な役割を担っています。

研究中のスマートギヤ

たとえば、車の場合で考えてみましょう。

エンジンをかけると、その動力は歯車を介してタイヤへと伝わり、はじめて車は走り出します。つまり、歯車は動力の橋渡しをしている存在です。

同時に、エンジンをかけるたびに歯車は大きな負荷を何度も受け止めなければなりません。

その瞬間に壊れることはなくても、その負荷が繰り返し加わることで、疲労は少しずつ蓄積され、やがては故障へとつながっていきます。

考えてみれば、小さな部品に対して大きな力が何度も加わるわけですから、やがては故障してしまうのも不思議ではありません。

実際、車が動かなくなる原因の多くは、歯車や回転する軸を支えるベアリングという部品の故障です。

もしその故障が走行中に起きてしまったらどうなるでしょうか。それが飛行機や電車であれば、想像を超える重大な事故につながる可能性があります。

だからこそ、歯車の「健康状態」を常にモニタリングする技術が必要となります。

しかし、高速で回転し続ける歯車に、直接センサーを取り付けてモニタリングすることは現実的ではありません。そのため、従来はギヤが取り付けられた軸を支えるベアリング周辺にセンサーを設置し、そこに伝わってくる振動をもとに、間接的にモニタリングする方法が主流でした。

ただし、この方法には限界があります。観測される振動には、歯車だけでなくエンジンや周囲の構造からくる様々な振動が混ざってしまうため、純粋に歯車の破損状態だけを正確に捉えることが難しいのです。

歯車そのものにセンサーを印刷

そこで開発したのが、スマートギヤです。

歯車にセンサーを当てられないのであれば、「歯車そのものにセンサーを印刷してしまおう」という発想から生まれました。

センサーを歯車そのものに印刷することで、歯車の回転を邪魔することはありませんし、歯車に生じた亀裂をダイレクトに検知することができ、より正確なモニタリングが可能となります。

歯車の表面をご覧いただくと、金色の帯状のものが見えると思います。 この部分が、亀裂を検知するセンサーとなっており、特殊な技術で印刷することに成功しています。

このセンサーは、歯車に亀裂が入ると同時に断線するよう設計されており、その変化が外部に伝わる仕組みになっています。

触れずに、直接読み取る技術

では、センサーが受けとった亀裂情報をどのようにして外から読み取るのか。

ここで登場するのが、観測用のアンテナです。

左側:観測用アンテナ / 右側:スマートギヤ

ご覧のとおり、スマートギヤと観測用アンテナは、ケーブルでつながっているわけではありませんし、ギヤ側に電源があるわけでもありません。

それでも、このアンテナを使えば歯車の状態を離れた場所から読み取ることができます。

いったいなぜでしょうか?

日常生活で見つけたヒント

この技術のヒントは、日常生活で私たちがよく使う、あるものにありました。

それは駅の改札などでかざす「ICカード」です。

ICカードには電源が入っていないにもかかわらず、非接触で情報がやり取りされ、決済が完了します。

これは「磁界結合」と呼ばれるもので、カード側のアンテナと、読み取り側のアンテナが互いに影響し合うことで成立しています。

普段から気に留めることもなく使っていたICカードですが、あるときふと「歯車に応用できるのではないか」という考えに至りました。

歯車にもアンテナを組み込んでおけば、外部の観測用アンテナが近づくことで、両者が磁場を介して影響し合います。

結果として、歯車の破損情報を、観測用のアンテナに届けることができるのではないかと考えました。

「歯車に触れることなく、歯車の状態を直接読み取る」

もしこれが実現すれば、これまでにない新しいモニタリングが可能になります。

この発想こそが、スマートギヤ研究の出発点でした。

「低コスト、省スペース」で流通させる

スマートギヤのもう一つの大きな魅力は場所を取らないこと、そして低コストであることです。

もし、一般的なセンサーのように電源や通信機能を持たせるとすれば、そのためのコンピューターや配線など、さまざまな部品を搭載する必要があります。

しかし、車やロボットの内部を見れば分かるように、中はすでに部品でびっしりと埋め尽くされており、余分なスペースはほとんど存在しません。そこにギヤ専用のセンサー装置を搭載することは難しく、ましてや複数のギヤに搭載することは現実的ではありません。

その点、スマートギヤは、歯車そのものにセンサーが印刷されており、電源や通信装置がありませんので、省スペースにつながりますし、低コストで実現可能です。

つまり、既存の構造に大幅な変更をかけることなく、モニタリング機能を組み込むことができるのではないかと考えています。

実用化や普及を考えた場合、センサーの精度の高さが大切になることはもちろん、コストや実用性なども併せて考えていく必要があります。

「茨の道」を楽しみながら歩く

この研究テーマに出会ったとき、革新的な方法で社会の安全性を実現できるのではないかと心が躍り、ワクワクしたのを覚えています。

大きな期待とともに研究をスタートさせましたが、実際に始めてみると、それはまさに茨の道でした。

このような発想自体が世の中に存在しなかったため、すべてが手探りの状態からのスタートでした。

最初に立ちはだかった大きな課題は「そもそも、どうやって歯車に電気回路を印刷するのか」ということです。

当然ですが、歯車を入れられるプリンターは存在していません。そのため、プリンターを分解し、歯車専用のプリンターを自作するなど、どうにかして印刷できる方法を模索していました。

しかし一筋縄ではいかず、全く別の方法を試しては断念し、また一から考え直す、という試行錯誤を繰り返しました。

「何か使えそうな技術はないか」。そんな思いで世の中のあらゆる研究事例を参考に試行錯誤しながら、ようやく辿り着いたのが「レーザー焼結による印刷」や「マスキングによって銅や銀を印刷する技術」でした。

これにより、ようやく実用化に耐えうる印刷技術を確立することができたのです。

このように、前例がない以上、常に試行錯誤していくしかありませんが、私にとってはうまくいかなかったことも含めて全て新しい発見であり、楽しいプロセスでもあります。

また、その試行錯誤の積み重ねによって、スマートギヤのさらなる可能性が見えてきたのも事実です。

後編では、さらに発見できたスマートギヤの新しい価値についてお話しできればと思います。

研究者プロフィール

射場 大輔 

いば だいすけ

主な発表論文・関連特許

Shape evaluation of all transverse sections bounded by the left and right tooth helix deviations of injection-Molded plastic gears

著者名:Yuichiro Seo, Daisuke Iba, Jing Chong Low, Shunta Takahashi, Shu Takata, Naoki Yamashita, Junichi Hongu

掲載誌名: FORSCHUNG IM INGENIEURWESEN-ENGINEERING RESEARCH, 89(1), 133
出版年月日:2025年9月5日

Eigen analysis of graph laplacian derived from gear shape deviation networks

著者名:Shu Takata, Yuichiro Seo, Daisuke Iba, Jing Chong Low, Shunta Takahashi, Naoki Yamashita, Junichi Hongu

掲載誌名:FORSCHUNG IM INGENIEURWESEN-ENGINEERING RESEARCH, 89(1), 111
出版年月日:2025年8月26日

Shape Deviation Network of an Injection-Molded Gear: Visualization of the Effect of Gate Position on Helix Deviation

著者名:Jing Chong Low , Daisuke Iba, Daisuke Yamazaki , Yuichiro Seo

掲載誌名:Applied Sciences, 14(5), 2013
出版年月日:2024年2月29日

Identification of Q value and angular frequency of smart gear antenna using the resonant return loss of the receiving antenna

著者名:Thanh-Tung Mac, Daisuke Iba, Yusuke Matsushita, Takeru Inoue, Nanako Miura, Arata Masuda, Ichiro Moriwaki

掲載誌名:SN APPLIED SCIENCES, 4(10), 260
出版年月:2022年10月

Effect of Load Cycles on Return Loss and Resistance of Sensor and Antenna Circuits Printed on Plastic Gears

著者名:Takeru Inoue, Daisuke Iba, Naoya Fujita, Atsuhide Nishikawa, Mio Ishii, Jiayao Hu, Hitoshi Shimasaki, Nanako Miura, Arata Masuda, Ichiro Moriwaki …

掲載誌名:VDI Berichte, 2023(2422), 659-674
出版年:2023年