究極の機能美〜最新技術で解明するタンパク質の驚くべき世界とは〜(岸川 淳一 准教授・後編)

2026年9月

究極の機能美
〜最新技術で解明するタンパク質の驚くべき世界とは〜(後編)

岸川先生が、この研究の道に進むキッカケとなったのは、一冊の小説だったとおっしゃっています。

後編では、タンパク質の構造解析の具体的な手法や未来についてお話し頂きながら、先生のこれまでの研究人生について伺いました。

自分の進むべき道を決めかねている方にとって、きっとヒントがたくさん見つかるのではないでしょうか。

瞬間凍結で見るタンパク質の世界

前編では、タンパク質のユニークな世界についてお話ししましたが、ATP合成酵素のように、複雑なタンパク質の詳細な構造解析ができるようになったのは、ここ10年ほどの話です。実はタンパク質を見ることは、それ自体が非常に難しく、技術が大きく発展した今であっても、多くの研究者たちが挑み続けているテーマです。

あまりにも小さく、脆いタンパク質

その理由の一つは、タンパク質があまりにも小さすぎる点にあります。

たとえば、光学顕微鏡で見ようとしても、タンパク質は光の波長よりも小さいため、物理的に見ることができません。人間の目で見ることができる光、いわゆる可視光で一番短い波長は約400 nmです。この光を使っても200 nm以下の小さなものは見えません。細胞一つでさえ肉眼で見ることができませんが、タンパク質は、それよりも数十~数百分の一以上も小さい(1~100 nmくらい)ですから、無理もありません。

さまざまな光学顕微鏡実体顕微鏡(左)は、比較的低倍率だが立体的に見ることができる。正立顕微鏡(中)は、観察対象の上側、倒立顕微鏡(右)は観察対象の下側に観察用のレンズがある。

一方、電子顕微鏡は、光の代わりに電子線を使って物体を観察します。電子は光に比べ、ずっと波長が短い(約 2 pm = 0.002 nm)ので、原子レベルの小さいものでもはっきりと捉えることができます。

しかし、そこにはまた別の問題が発生します。

電子顕微鏡で利用する電子は、空気中に存在する分子(酸素や窒素)とぶつかって簡単に消えてしまい、観察したい物質まで電子を届けることが出来ず、観察できません。そこで、電子顕微鏡の内部は、人工衛星が飛ぶ空間と同じレベルの真空状態(0.00001 Paくらい)で、電子線を当てることが必要になります。

ところが困ったことに、そんな高真空状態の中に水分を多く含むタンパク質を入れると、一瞬で蒸発して干からびてしまいます。タンパク質のはたらきには、水が重要な役割を果たしているため、水分子がない状態は本来の形を反映していません。

さらに、その乾燥した状態で電子線を当てると、電子が持つエネルギーによってタンパク質が焼かれてしまい、解析する頃にはほとんど原型がない状態となってしまうのです。

タンパク質を薄い氷に閉じ込める

このように、タンパク質を電子顕微鏡で見ることは非常に難しいわけですが、ジャック・ドゥボシェをはじめとする3人の科学者が、これを解決する方法としてクライオ電子顕微鏡を開発し、ノーベル賞を受賞しました。

「タンパク質を薄い氷に閉じ込めてしまう」という大胆な発想です。

その方法は、障子の枠のようなグリッド状のメッシュに、薄いタンパク質の溶液を垂らし、-90℃〜-180℃という超低温で瞬間的に溶液を凍らせて、タンパク質を氷の中に閉じ込めるというものです。

瞬間凍結した氷は非晶質という状態にあり、冷凍庫で作られる氷とは別の性質を持ちます。この状態であれば、十分に低温を保つことで、高真空の中でも氷から水が蒸発することがなく、タンパク質も干からびません。クライオ電子顕微鏡の「クライオ」とは、「低温」や「極低温」という意味です。つまり、液体窒素(-196℃)で冷やした状態で観察する電子顕微鏡をクライオ電子顕微鏡と呼ぶわけです。

凍結されたタンパク質は、溶液の氷の中でさまざまな方向を向いています。正面を向いているもの、横を向いているもの、斜めを向いているものなど様々です。

タンパク質を薄氷に閉じ込めるために、グリッドと呼ばれる小さな金属メッシュを使う(左)。グリッドには薄い炭素の膜が張られており、炭素の膜には小さな穴が空いている(中)。グリッドにタンパク質溶液をたらし、余分な溶液を吸い取ったあとに急速凍結すると、小さな穴の中に薄い氷が作られる(右)。

そのタンパク質の様子を、電子直接検出カメラという特殊なカメラを使って撮影し、タンパク質の画像を取得していきます。電子を光と同じように、カメラで直接捉えることは難しかったのですが、約15年前から技術革新により可能になりました。

この技術革新により、クライオ電子顕微鏡を使って得られるタンパク質の形の精細さが劇的に向上しました。そのため、分解能革命(Resolusion Revolution)とも呼ばれています(分解能とは、画像や形の精細さの指標だと思ってください)。その結果、クライオ電子顕微鏡がタンパク質の形を見る方法として広く普及しました。

撮影するタンパク質の画像の数は数十万〜数千万個にものぼります。

それらの画像をコンピューター上で似た向き同士に分類しながら、重ね合わせていきます。

すると最初はぼんやりとした粒の集まりにしか見えなかった画像が、似たもの同士を集めて重ねることで、だんだんとタンパク質らしい輪郭がくっきりと見えてくるのです。

この瞬間が私にとって一番ワクワクするポイントです。タンパク質の解像度が一気に上がり、ようやく構造解析の下準備が整ったからです。「どんな発見が待ち構えているのだろうか?」と、新たな冒険が幕を開けたような感覚になります。

こうして得られた2次元の画像を立体的に組み立てて、今度は3次元のタンパク質を再現していきます。様々な向き(正面から、横から、上から、後ろから、など)の写真を使って、全体の形を推定していくと、最終的にはタンパク質が動く様子まで再現することができるのです。

自分の中にある「可能性」を閉ざさないために

このような工程を踏むことで、タンパク質を立体的に見ることができるようになるのですが、その精度もテクノロジーの進化とともにどんどん向上しています。

今後、AIの発展とともに、そのスピードはさらに加速していきます。もちろんタンパク質だけではなく、あらゆる科学が目まぐるしい進化を遂げていくことは誰の目にも明らかです。その先には「病気のない世界」が待っているかもしれません。あらゆる病気の原因が解明され、その対処法もわかっている世界がいずれ来るのだと思います。

それはきっと人類の大きな節目になりますし、同時に「科学の役割」を考え直す重要なターニングポイントになるでしょう。そうなった時、科学は不要なものとして衰退していくのでしょうか。私はそうは思いません。

なぜなら、人間の好奇心や興味は果てしなく広がり続けるからです。あらゆることが解明されると、同時にわからないことがそれ以上に増えるからです。

ですから、人間の探究心がある限り、科学は別の目的を持って進化し続けるのではないかと思います。科学とはそういうものです。

このように俯瞰してみると、科学はそれ自体がとても面白いものです。ある意味で究極の趣味と言っていいかもしれません。もちろん何かの役に立つことは重要ですが、それ以前に、科学は面白い学問です。

「合理的」から離れてみよう

必要なことだけを最小限の時間とコストで行う「タイパ」や「コスパ」という言葉をよく聞くようになりましたが、よくない風潮のように感じています。

特に学生時代においては、効率性や合理性と離れて、自分が興味あるものに没頭することが許される貴重な時間です。

もし、やりたいことが見つからないなら、「つまらなそう」「自分とは関係ない」「役に立つかどうか」という判断基準からいったん離れて、いろんなものを見て、知ってほしいと思います。

人生を左右する出会いというのは予想できるものではありません。むしろ、思ってもみなかったところで出会うことの方が多いからです。

人生を変えてくれた「一冊の小説」

実際、私自身がこの道に進んだきっかけは一冊の小説でした。

SFホラー小説の中で描かれていたミトコンドリアに関する生物学の描写が、当時の私にはあまりにもリアルで、ワクワクしながら読んだことを覚えています(著者は当時現役の博士課程の学生で、細胞生物学の研究をしていたらしいので、当然といえば当然。)。軽い気持ちで手に取った本でしたので、読む前はまさかこれが自分の進路を決めるとは思ってもみませんでした。

また、大学では期せずして情報工学を専攻しましたが、正直なところ進学するまでは苦手意識やつまらなそうなイメージがあり、そこまで乗り気ではありませんでした。ですが、情報工学を学んでいなければ、今の研究をすることはできていません。

もしあの小説を読んでいなければ、もし大学で情報工学を学んでいなければ、今の私はありません。それは予測できないことです。要するに、何が自分の人生に役立つかはわからないということです。

ですから、「タイパ」や「コスパ」といった判断基準で取り組むことを決めてしまうと、自分の大きな可能性を閉ざしてしまっているのではないか、と思うのです。

それもあって、研究室の本棚には研究に直接関係のない本も、ジャンルを問わずたくさん置くようにしています。ふと手に取った一冊が、小さなきっかけであれ、好奇心をくすぐることがあれば嬉しいです。

科学も教科書だけで見るのではなく、SFを読む、映画を観る。そういった別のアプローチをとることで、見える解像度がぐっと上がることもあるはずです。

研究に携わる学生も、そうでない学生も、学業や必要なことだけに取り組むのではなく、外に出ていろんな世界や知識、文化に触れてみてほしいと思います。

研究者プロフィール

岸川 淳一 

きしかわ じゅんいち

主な発表論文・関連特許

Structural insights into interdomain interactions in Entamoeba histolytica APS kinase

著者名:Ryo Hatanaka, Yukiko Ohsumi, Hiroki Matsui, Ayuna Inoguchi, Hina Yuasa, Fumika Mi-Ichi, **Jun-ichi Kishikawa, **Tomoo Shiba

掲載誌名: Journal of Structural Biology: X, 13, 100147

出版年月日:2026年6月

The redox driven Na⁺-pumping mechanism in Vibrio cholerae NADH-quinone oxidoreductase relies on dynamic conformational changes

著者名:*Moe Ishikawa-Fukuda, *Takehito Seki, **Jun-ichi Kishikawa, Takahiro Masuya, Kei-ichi Okazaki, Takayuki Kato, Blanca Barquera, Hideto Miyoshi, **Masatoshi Murai

掲載誌名:Nature Communications, 17, 1394
出版年月:2026年2月12日

Cryo-EM Structure of the Flagellar Motor Complex from Paenibacillus sp. TCA20

著者名:Sakura Onoe, Tatsuro Nishikino, Miki Kinoshita, Norihiro Takekawa, Tohru Minamino, Katsumi Imada, Keiichi Namba, **Jun-ichi Kishikawa, **Takayuki Kato

掲載誌名:Biomolecules, 15, 435
出版年月日:2025年3月18日

Rotary mechanism of the prokaryotic Vₒ motor driven by proton motive force

著者名:Jun-ichi Kishikawa, Yui Nishida, Atsuki Nakano, Takayuki Kato, Kaoru Mitsuoka, Kei-ichi Okazaki, **Ken Yokoyama

掲載誌名:Nature Communications, 15, 9883
出版年月日:2024年11月20日

Structural insights into the agonists binding and receptor selectivity of human histamine H₄ receptor

著者名:*Dohyun Im, *Jun-ichi Kishikawa, Yuki Shiimura, Hiromi Hisano, Akane Ito, Yoko Fujita-Fujiharu, Yukihiko Sugita, Takeshi Noda, Takayuki Kato, Hidetsugu Asada, So Iwata

掲載誌名:Nature Communications, 14, 6538

出版年月日:2023年10月20日

注釈 *共同筆頭著者、**責任著者