
2026年8月
究極の機能美
〜最新技術で解明するタンパク質の驚くべき世界とは〜(前編)
今回お話を伺うのは、タンパク質の構造解析を専門とする岸川淳一准教授です。
岸川先生は、「タンパク質には、人間が生み出すどんな高度なテクノロジーよりも優れた機能や構造が備わっている」と語ります。新しい発見のたびに、まるでそこに別の知能が存在しているのではないかと感じるそうです。
これまでタンパク質に持っていたイメージが、きっとガラリと変わるはずです。
形から読み解く病気の正体
私は、病原菌のタンパク質の構造を解析して、より精度の高い創薬開発に生かすための研究を行っています。
わかりやすくいうと、「タンパク質がどんな形をしているか」を明らかにする研究です。
形がわかれば最適な薬が作れる
薬の開発において、タンパク質の形は非常に重要となってきます。多くの薬はタンパク質に作用するように作られているため、タンパク質の形が正確にわかるほど、それにあった最適な薬をデザインしたり、作ったりすることができるからです。

その結果、薬の精度を高めることができると同時に、十年単位でかかる開発期間の短縮にもつながっていきます。
現在は、発展途上国で長年の課題とされている、コレラなどの感染症に関わる菌を対象に研究しています。
日本では、衛生面や医療体制が整っており、感染症リスクは高くありませんが、発展途上国ではそうではありません。常に感染症が隣り合わせにあるわけですから、そのような場所に、より安価で精度の高い薬を届けることができれば、多くの方が安心して暮らせる社会の創出につながります。
コロナウイルスのタンパク質をいち早く解析
また、2021年には共同研究でコロナウイルスのスパイクタンパク質の構造解析を行い、日本で最初にその構造を報告することができました。
コロナウイルスはわずか26種類のタンパク質で作られた非常にシンプルな構造でありながら、そのシンプルさからは想像がつかないほどの猛威を振るいました。一体なぜそんなことができるのか。その要因を、世界中の研究者が明らかにしようと構造解析の面からも研究に取り組みました。その結果、新型コロナウイルスを構成する、タンパク質のほとんどの構造が驚くべき早さで明らかになり、新型コロナウイルスの様々な特徴が見えてきました。
スパイクタンパク質は、感染の最初期に宿主細胞(ヒト細胞)を認識することで感染が開始します。特に面白いのは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が、感染時に大きく形状を変化させる点です。
このダイナミックな形状の変化は、スパイクタンパク質の非常に興味深い点の1つです。
通常、我々の体のなかで作られる抗体は、感染源(新型コロナウイルス)の感染や、増殖の邪魔をすることで感染を抑制します。たとえば、スパイクタンパク質がヒト細胞を認識することを邪魔する抗体は、新型コロナウイルスの感染を抑制することが出来ます。
しかし、新型コロナウイルスの感染者の一部からは、逆にウイルスの感染力を増強するような抗体が発見されたのです。スパイクタンパク質とその抗体の結合状態の構造解析を行うと、一見、感染に関係なさそうな部分に抗体が結合していることがわかりました。
まだ研究は継続中ですが、いち早く構造解析を進めたことで、そのような感染増強メカニズムに一定の理解を与えることができたと考えています。
想像の斜め上をいく「面白い世界」
このようにタンパク質の形を正確に読み取ることは、薬を作る上で非常に重要となってくるわけですが、この研究の背景には、「そもそもどうやってタンパク質がエネルギーを作り出しているのか」という私の興味・関心があります。
病原菌もそうですし、私たち自身も、タンパク質がエネルギーを作り出しているからこそ、生きることができています。
しかし、そのエネルギーはどこからやってくるのか。どのようにして作り出されているのか。その仕組みを解明したいという思いがあります。
タンパク質と聞くと「私たちの体を作っているもの」というくらいの認識かもしれませんが、最新の技術を使い、解像度を上げてその世界を覗いてみると、そこには面白い世界が広がっていて、感動すら覚える瞬間があります。

そして、研究を重ねるほど、そこには奇跡的とも言える、超精密機械のように働くタンパク質たちがたくさん存在しています。もちろん、私たちは奇跡だと結論づけず、タンパク質の働く仕組みを理解したいと思っています。
歩くタンパク質「キネシン」
たとえば、キネシンというタンパク質は、細胞の中を歩くことができます。
細胞の中はタンパク質にとっては非常に大きな空間です。タンパク質が作られたあと、それぞれの働く場所へ行かなければなりませんが、自力で移動する術がありません。
そこで、細胞内に張り巡らされた管をつたって、キネシンがあらゆるタンパク質を最適な場所に輸送しているのです。まさに路線バスのように、複雑な路線を行き来しながら輸送しており、まるで細胞の中に一つの街があるようです。
究極の機能美――体の中の水力発電所
ヒトのタンパク質は、見ての通り千差万別の形を持っています。この形を見ることが、タンパク質の機能や特性を理解していくことにつながっていきます。

タンパク質によって、いろいろな構造があることが分かる。
たとえば、ハサミをハサミたらしめているのはその形にあります。ものを切るという目的を果たすために必然的にあのような形になっています。タンパク質も同じで、そのタンパク質の機能を果たすために、その形に進化してきたと考えられています。
だからこそ、形を見ることがタンパク質の働く仕組みについての深い理解に繋がるのです。
そんな数あるタンパク質の中で、私が特に力を入れて研究をしてきたのが「ATP合成酵素」というタンパク質です。ATPとは、細胞のエネルギー通貨とも呼ばれ、様々な反応に関わる重要な分子です。ヒトの場合、ATPのほとんどが、このタンパク質によって作られています。
このタンパク質を説明する際によく使う例えが「体の中の水力発電所」です。
まずは、ATP合成酵素の振る舞いを見てください。
これは、細菌のATP合成酵素の動く様子を推定した動画です。基本的にヒトのATP合成酵素も同じで、水力発電と似た原理で働いています。ATP合成酵素自身がモーターのようにグルグルと回転し、私たちが死ぬまで休むことなく、その回る力をつかってエネルギー、つまりATPを生み出しています。
よく見ると、中心の軸が少し歪んでいることがわかります。たまたまではなく、この傾きにも意味があります。
傾きながら高速で回転することによって、その軸の上部にある形が変形し、最終的にATP分子というエネルギーが作られます。
こんなものが私たちの体の中に備わっていること自体が驚きですが、それが細胞よりも小さい世界で起きていると考えるととても面白いです。
さらに驚くべきはその性能です。ヒトのATP合成酵素は毎秒1,000回転以上という速さで回り続け、そのエネルギー効率はほぼ100%。人間が作り出したどんなエンジンよりも優れています。
構造としても非常にユニークで、複数のタンパク質が組み合わさった美しい複合体を形成していますが、もちろんデザイン性を考慮して作られたわけではありません。この機能を果たすために、この構造でなければならなかった。まさに究極の機能美です。
研究を続けるなかで、その精密さに感心してしまいます。神は細部に宿ると言いますが、まさにそれが体現されているかのようです。

近年ではAIの急速な進化によって、あらゆるタンパク質の形を予測する精度が上がっています。しかし、ATP合成酵素のように複雑な構造を持って動くタンパク質は、まだAIだけでは追いきれない領域です。
複雑に動くタンパク質を「実際に目で見て読み解く」。その積み重ねが、今後も研究の核心にあるのではないかと思います。
研究者プロフィール


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研究者紹介ハンドブック
主な発表論文・関連特許
Structural insights into interdomain interactions in Entamoeba histolytica APS kinase
著者名:Ryo Hatanaka, Yukiko Ohsumi, Hiroki Matsui, Ayuna Inoguchi, Hina Yuasa, Fumika Mi-Ichi, **Jun-ichi Kishikawa, **Tomoo Shiba
掲載誌名: Journal of Structural Biology: X, 13, 100147
出版年月日:2026年6月
The redox driven Na⁺-pumping mechanism in Vibrio cholerae NADH-quinone oxidoreductase relies on dynamic conformational changes
著者名:*Moe Ishikawa-Fukuda, *Takehito Seki, **Jun-ichi Kishikawa, Takahiro Masuya, Kei-ichi Okazaki, Takayuki Kato, Blanca Barquera, Hideto Miyoshi, **Masatoshi Murai
掲載誌名:Nature Communications, 17, 1394
出版年月:2026年2月12日
Cryo-EM Structure of the Flagellar Motor Complex from Paenibacillus sp. TCA20
著者名:Sakura Onoe, Tatsuro Nishikino, Miki Kinoshita, Norihiro Takekawa, Tohru Minamino, Katsumi Imada, Keiichi Namba, **Jun-ichi Kishikawa, **Takayuki Kato
掲載誌名:Biomolecules, 15, 435
出版年月日:2025年3月18日
Rotary mechanism of the prokaryotic Vₒ motor driven by proton motive force
著者名:Jun-ichi Kishikawa, Yui Nishida, Atsuki Nakano, Takayuki Kato, Kaoru Mitsuoka, Kei-ichi Okazaki, **Ken Yokoyama
掲載誌名:Nature Communications, 15, 9883
出版年月日:2024年11月20日
Structural insights into the agonists binding and receptor selectivity of human histamine H₄ receptor
著者名:*Dohyun Im, *Jun-ichi Kishikawa, Yuki Shiimura, Hiromi Hisano, Akane Ito, Yoko Fujita-Fujiharu, Yukihiko Sugita, Takeshi Noda, Takayuki Kato, Hidetsugu Asada, So Iwata
掲載誌名:Nature Communications, 14, 6538
出版年月日:2023年10月20日
注釈 *共同筆頭著者、**責任著者
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