カーボンナノチューブでつくる「革新的な素材」と「安心できる社会」~カーボンナノチューブで誰も見たことがない革新的な素材をつくる~(野々口斐之 准教授・前編)

2023年6月

カーボンナノチューブでつくる「革新的な素材」と「安心できる社会」
~カーボンナノチューブで誰も見たことがない革新的な素材をつくる~(前編)

世界中の研究機関や各国から注目を集めながらも、これまで決して実現されることのなかった技術があります。
それが、カーボンナノチューブというハイテク素材を溶かす(分散させる)技術です。 この技術は複雑かつ難解であるがゆえに、実現されなかったものです。

今回お話を伺った野々口先生は、そんな状況のなかで独自の手法を使ってカーボンナノチューブを溶かすことに成功されました。
前編では、「カーボンナノチューブを溶かすことが、社会の発展にどのように寄与するのか」そのインパクトの大きさについてお届けします。

目指すのはカーボンナノチューブでつくる「今よりちょっと安心できる社会」

暮らしの発展や向上に役立つ技術や素材はこれまでにたくさん出てきました。
しかし、それでもまだ世の中には、社会の発展において注目されながらも、実用化に至っていない技術や素材がたくさんあります。

その中の一つがカーボンナノチューブというナノテクの炭素素材を活用した新素材です。
カーボンナノチューブ(以降CNTと表記)は軽量でありながらも金属と同等の強度を持ち、さらに熱に強く電気を通すという性質を持ち合わせており、金属や樹脂など様々な素材とミックスすることによって、機能性に優れた新しい素材を産み出したり既存の素材の機能強化を図ったりすることが可能となります。

「CNT 」+ 「既存の素材」 →「これまでにない優れた素材」

このようなイメージを持っていただくとわかりやすいかもしれません。

このような新しい素材が誕生すれば、私たちの身の回りにある様々な電子機器や道具、乗り物の材質として使われるようになり、暮らしや社会の発展に大きく寄与してくれます。

このCNT実用化の大きな鍵は「いかにしてCNTを溶かすか」という点にあり、世界中の研究者が取り組んできた大きなテーマでもあります。CNTを溶かすことができて初めて、金属などあらゆる素材とミックスして機能性に優れた新しい素材を生み出すことができるからです。
私もその可能性や研究としての面白さに魅了され、研究に取り組んできた1人です。

そしてついに研究開始から12年の時を経てCNT有機溶剤インク(CNTを溶かしたインク)を開発し、2022年1月に論文を発表しました。

図1 CNT有機溶剤インク

この電波を吸収する性質は産業用ドローンでも活躍するでしょう。産業用ドローンはサイズが大きく墜落すると大きな被害をもたらすリスクがありますが、電波を吸収することで電波干渉を防ぎ、墜落防止の助けになります。

またCNTは電波吸収以外にも様々な性質を持っています。

車のボディー素材に採用されれば、車体の強度は維持しながらも車体自体が圧倒的に軽くなり、燃費の良さに役立ちますし、製造コストを下げることにもつながります。

他にもモバイルバッテリーに使えばバッテリーが持つ熱を吸収し、発火や爆発などを防ぐことができ、災害に発展するリスクを下げることができます。

図2 炭素材料のイメージ

ここでは挙げきれないくらい用途は存在しており、これから先も私たちの想像の範囲を超えて広がっていくと考えています。このようにCNTが様々な素材と組み合わさることで、あらゆる場面で使われるようになり、社会やインフラの機能が向上し、より安全でより快適な暮らしや社会を実現できるでしょう。

さらに、今回紹介する技術の注目すべき点は、「CNTを溶かすことに成功した」ことに加えて「CNTを溶かす仕組みや法則を解明した点」にあると考えています。

この仕組みや法則は、別の素材を溶かすための大きな手がかりとなります。CNTと同じように、世界では、期待されながらも溶かすことが難しいナノテク素材がたくさんあり、それらを溶かすことができれば、同じように様々な素材とミックスし、誰も見たことのない機能をもった新しい素材を生み出すことに繋がるからです。

また、すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この技術は技術単体で発展する訳ではなく、あらゆる分野の研究や企業、そして社会とリンクしながら発展していくと考えています。

たとえばある建築関係の企業から、CNTを使った新しい建築素材を作れないかという相談をいただいておりますが、当初私たちは建築現場で使うという発想はありませんでした。ご相談頂いたからこそ見えた新しい可能性です。他にも別分野の研究者から研究のためにこの技術を使った新しい素材を作れないかと相談されることもあります。

まだ見たこともない新素材の開発、そしてそれらの素材が私の想像すらできない用途で活用され社会の発展に寄与できることを考えると、とてもやりがいのある研究だと言えます。

12年越しに「世界が待ち望んだ技術」の実現に成功

世界から期待されながら実現されなかった技術

実は水にCNTを溶かす技術については、ニカワとよばれるタンパク質や石ケンなどの界面活性剤を使うことで溶かせることが既に解明されています。

ですが工業用途でCNTを使うには、油などの水以外の溶媒で溶かす必要があります。そのため油などに溶かす技術についても大きく注目されてきました。しかし長い間実現されることはありませんでした。

「水以外の溶媒に溶かす技術」は実は20年以上も前から注目されていました。2010年以降、大量生産技術が確立され、非常に安価で高性能なCNTを手に入れられるようになり、研究機関だけではなく企業や各国からも、より一層注目を集めました。 実際に日本でも国家プロジェクトが立ち上がるなど、各国で大きな予算が投下され研究されることになりますが、それでもCNTを溶剤に溶かすための明確な条件やルールが見つかることはありませんでした。

そんな歴史的な背景があるなかで、私がこの研究に着手したのは博士研究員だったころです。
当初、この技術の魅力に惹かれる一方で、その難易度の高さに絶望感を抱いたのを覚えています。
何から着手すれば良いのか?誰に何を聞けば良いのか?何を調べてもヒントや手がかりが全くない状態だったからです。この技術にまつわる先行研究や論文が少なく、まったく体系化されていなかったのです。

日常のすべてが「CNTを溶かすヒント」に繋がった

しかし、この自然界においてCNTに作用する分子や溶かす方法は、先ほど挙げたポリビニールアルコールの例だけではないことは直感的にわかっていました。それは、まだ私たち人間が理解できていないだけということです。
実際にごく稀ではありますが、炭素素材と別の素材を混ぜ合わせることに成功した事例も報告されています。そこにはきっと何かしらの法則が働いているに違いありません。

そのように考えていた私は、学会をはじめ日常のあらゆる場面でヒントを得たり、別の研究で得た着想をもとに仮説を立てては実験をしたりする日々を繰り返すことになります。
たとえば、炭素素材がとけた事例を発見したら、それらの構造を調べては数ヶ月間眺めながら一般的なルールを導き出そうとしてきました。

今になって感じることは、色んな人との偶然的な出会いや、何気ない会話、私自身が経験したこと、世の中にあるたくさんの事例や現象など、人生のあらゆる場面で得られるヒントがこの研究を前進させる大切な要素だったと実感しています。

そうやって微かな希望を感じながらも研究を続けているうちに、CNTをうまく溶かすための条件が少しずつ見えてきました。たとえば、その条件の1つが「酸」と「塩基」のバランスです。

CNTを溶かす分子は、どれも「酸」と「塩基」、この2つの構造を良いバランスで持っていることがわかったのです。このような分子は、自然界に無限に存在しています。

このように条件が少しずつ明らかになってくるにつれ、仮説の精度も上がってきて、ついには研究を開始してから12年目にしてCNTを水以外の溶媒で溶かすことに成功したのです。

(後編に続く)

研究者プロフィール

野々口斐之 准教授

ののぐち よしゆき

主な発表論文・関連特許

Governing Factors for Carbon Nanotube Dispersion in Organic Solvents Estimated by Machine Learning

著者名 : Yoshiyuki Nonoguchi , Tomoyuki Miyao , Chigusa Goto, Tsuyoshi Kawai, Kimito Funatsu
掲載誌名 : Advanced Materials Interfaces
出版年月 : 2022年1月
巻・号・頁 : 9(7), 2101723

DOI:10.1002/admi.202101723