カーボンナノチューブでつくる「革新的な素材」と「安心できる社会」~カーボンナノチューブで誰も見たことがない革新的な素材をつくる~(野々口斐之 准教授・後編)

2023年7月

カーボンナノチューブでつくる「革新的な素材」と「安心できる社会」
~カーボンナノチューブで誰も見たことがない革新的な素材をつくる~(後編)

野々口先生は、世界ではじめて所望の溶媒にカーボンナノチューブ(CNT)を溶かす(分散させる)ことに成功されたわけですが、この研究はそこで終わりではありません。

「なぜカーボンナノチューブが溶けるのか」「その背景にはどのような法則が働いているのか」を解明することで、この分野の研究はさらに発展していきます。 複雑かつ難解なナノテク素材をどのように分析し、法則を突きとめようとされているのでしょうか。その鍵は「人工知能の活用」にあるとおっしゃっています。

後編ではこの辺りについてお話を伺います。

想像以上に難解な「CNTが溶ける法則」にAIの力で挑む

CNTを溶かすことに成功した訳ですが、研究はそこで終わりではなく、むしろ始まりだといえます。

「どのような性質が作用して溶かすという現象に至ったのか」その理論や仕組みを解明していく必要があります。なぜなら、理論や仕組みがわかれば、別の炭素素材やその他の素材を溶かす際の手がかりとして非常に有効だからです。

そこで、これまでの経験則や量子化学計算に基づいて、「溶剤インクの中にあるどのパラメータ(注1)が作用してCNTが解けるという現象に至ったのか」その解明を進めることにしました。しかし研究を進めれば進めるほど、私が考えている以上に「CNTが溶けるという現象」には複雑な要素が絡み合っていることがわかってきました。

(注1)パラメータ・・・「水にとけやすい」など物理化学的な性質のこと

そもそも、この溶剤インクにどのくらいのパラメータが存在しているのか、100個なのか、1000個なのか、それすら特定することが難しい状況でした。また、パラメータの数を特定できたとしても、有効なパラメータがそのうちどれくらいあるのか、それがどのように作用しているのかを特定するのは我々人間の頭では至難の業です。

このように「何とかして解明できないものか」と思案している時に、同じフロアに「機械学習(AI技術の1つ)を開発するラボ」がやってきたのです。そのラボは特徴量抽出といって、いくつもあるパラメータの中からうまく働いているパラメータだけを拾い上げて、それらを関数に変換する機械学習の技術を持っており、人工知能を化学の立場で扱うことを得意としていました。ここに解決の糸口があるのではないかと考え相談を持ちかけたのです。

データサイエンスを専門とする研究者と「どういうふうにデータを取るのがよいのか」「どんなデータをどういう形で準備すれば良いのか」など相談させていただきながら、プロジェクトを進めていきました。

そこから数ヶ月に及び、
・どれくらいのパラメータが存在しているのかを抽出していく作業
・人工知能自体の精度を上げていく作業
・推定統計学に基づいて、有効なパラメータとそうでないパラメータを判断していく作業
を同時並行で行ったのです。

通常、1つ1つのパラメータをあらゆる角度から分析をしていくわけですが、AIの力を使えば、もっと高度で複雑な分析を行うことが可能だということもわかってきました。結果として、「CNTを溶かすことに有効に働く」と考えられるパラメータを73個までに絞り、最終的には17個のパラメータが有効なものとして残りました。

図1 CNT向け分散財として作用する種々の試薬

CNTを溶かす条件を、明確に説明できる法則やルールがまだ世の中に存在していない中で、初めて溶ける仕組みを推定できました。 ただし、この17個のパラメータだけが有効であると言うことではありません。異なる分散剤やナノカーボンの組み合わせでは、また別の有効なパラメータが存在していると考えられます。

まだまだメカニズムについては分からないことが多いわけですが、これまで謎が多く解明が困難だった分野を理解していくための重要な手がかりになることは間違いありません。当初、私が何の手がかりもない中で研究に取り組んだことを考えると、大変意義のあることだと考えています。

大きな技術革新で人々の暮らしを陰で支える

CNTを使った新素材の開発は無限の可能性を秘めています。私たちの身の回りのデバイスや道具、インフラなどあらゆる場面で新素材が採用されることで、あらゆる場面で暮らしが向上し、より安心で安全な社会づくりに貢献できると考えています。

CNTを使った新素材による様々な社会の変化が日常のあらゆる場面で起こることを想像するとワクワクしませんか。

金属ではなく炭素でできたスマートフォンができるかもしれません。炭素の性質をうまく使えば、折り紙のように自由に折りたためるスマートフォンをつくることも可能になるでしょう。また建築素材に使われることで、見たこともない形をした建築が生まれるかもしれません。

この技術は「どんな企業が扱うのか」「どのような研究者・技術者が扱うか」、扱う方の考え方やビジョン、目的によって、誕生する製品や社会のあり方が大きく変わります。そこには私たちが想像もできないような活用方法があるのだと思います。

また、CNTを溶かす研究を続けていく上で、私たち研究者がセットで考える必要があるのが、炭素が循環する社会づくりです。技術の発展と共に、あらゆる生活の場面で炭素素材が使われるようになると、それらがしっかりと再利用されるような仕組みや技術も併せて必要です。炭素材料は高い安定性を持つがゆえに利用価値が高いわけですが、このことはリサイクルや分解が難しいことを意味します。

近年ではSDGsやサステナブル、リサイクルなどの持続可能な社会づくりや環境のことを考えた言葉をよく耳にするようになりました。より安心安全な社会を実現するのであれば、同じく炭素素材も一度使ったら終わりではなく、それが循環する仕組みが必要になります。

新しい技術を開発すれば、当然ですが新しい問題が増えるのも事実。ですから私たち研究者はその問題の解決方法までをセットで考える社会的責任を持っています。私たちは炭素材料の資源循環に独自の分散技術を応用する研究を始めています。

誰も見たことがない技術を目指して

今回のCNTを溶かす溶剤インクのように、私はこれからも前例がない未知の分野において、新しい発見やテクノロジーの開発に取り組みたいと考えており、これを人生のテーマとしたいと思っています。新しい分野における研究は、手がかりとなる論文や前例が存在していないことが多く、自分のそれまでの経験や直感、研究をフル活用しながら手探りで進めていく必要があります。そこには、暗闇の中を小さなライトで照らしながら少しずつ明らかにしていく地道さも求められます。とても難しい道であることは重々承知していますが、難しいからこそ、よりクリエイティブに、より大胆な仮説を持って取り組んでいく必要があり、そこにやりがいを感じます。

この「新しい取り組み」と言う点においては、CNTを溶かす研究の他に、「温度差によって電気を発電させる仕組み」についても研究しています。この技術が実用化されれば災害時、停電が起きた際の重要なライフラインになりますし、電車などの乗り物にこの仕組みを使うことで、機械が故障することを事前に察知して、大きな事故を未然に防ぐことが可能となります。

図2 温度差発電特性の測定の様子

このように、私が開発した技術が、今よりちょっと安心できる社会づくりにつながれば嬉しい限りです。

「これまでどう生きてきたか」が色濃く反映される研究

およそ12年の歳月を費やしCNTを溶かすことに成功したわけですが、振り返ってみると私の人生そのものを反映していると心の底から感じています。もし、AIの開発ラボと出会っていなければ、「AIを使って技術の解明をする」という発想すら持てていなかったでしょう。これと同じように、これまでの様々な人との出会いや経験に触れて、様々な考えに触発されたからこそ、突破口を見出しその度に研究を進めることができました。

研究は、研究者の生き様が色濃く出るように思います。もし私が別の人生を歩んでいたとしたら、また違う研究結果になったはずです。これからも、私とは異なる様々な考えや経験を持った方々と関わり合いながら研究を進めていきたいと感じています。

研究者プロフィール

野々口斐之 准教授

ののぐち よしゆき

主な発表論文・関連特許

Governing Factors for Carbon Nanotube Dispersion in Organic Solvents Estimated by Machine Learning

著者名 : Yoshiyuki Nonoguchi , Tomoyuki Miyao , Chigusa Goto, Tsuyoshi Kawai, Kimito Funatsu
掲載誌名 : Advanced Materials Interfaces
出版年月 : 2022年1月
巻・号・頁 : 9(7), 2101723

DOI:10.1002/admi.202101723