微生物でつくる新しい未来~地球に良いプラスチックの実現~(麻生 祐司教授・前編)

2023年4月

微生物でつくる新しい未来
~地球に良いプラスチックの実現~(前編)

今回の記事では、微生物の知られざる未知の世界をのぞきます。
お話を伺う麻生先生は、なんと微生物をつかって、「地球に良いプラスチック」をつくる研究をされています。

この研究は、世界で唯一の研究であることから、まだまだ未知の可能性が眠っています。
そこで今回は、私たちが知らない微生物の奥深い世界について、たっぷりとお話を伺います。
前編では、私たちが知らない微生物が持つ脅威的な力、そしてそれらの微生物を採取するプロセスについてお届けします。

目に見えない小さな存在(微生物)が世界を大きく変える

私のミッションは、微生物がもつ力を使って世界を変えることだと思っています。微生物で世界を変えるなんて、少し大げさに感じる方もいらっしゃるかと思います。
微生物とは「肉眼では見えないサイズの生物」のことを指しますが、そんなあまりにも小さな存在が、実は私たち人類では成し遂げられない大きなことをやってのける力を持っているのです。

微生物がどのような力を持っているのか、その一例を紹介します。
微生物は、私たちの知らないところで様々な社会問題を解決し、暮らしを維持してくれています。
たとえば海水汚染の問題です。

過去にメキシコ湾に石油が流出した事故がありました。メキシコ湾は石油に覆われ生物は死に絶えると言われていましたが、いつの間にか石油がなくなり、綺麗な海へと戻ったのです。ほかにも船のタンカーから石油が漏れてしまう事故をニュースなどで時折目にすることがありますが、時間をかけて綺麗な海へと戻っています。

石油がそのまま放置されると大きな汚染問題へと発展しますが、なぜか知らぬ間に石油がなくなり、また綺麗ないつもの海へと戻っているのです。よく考えると不思議な現象だと思いませんか?

また日本では、工業廃水として強い毒性を持った有機水銀が、そのまま海へと流されていて、それが水俣病をはじめ重大な社会問題を引き起こしましたが、いつの間にか海から有機水銀が無くなり元の海に戻っています。

実は、これらは微生物の働きかけがあったからに他なりません。石油や有機水銀の周りに自然と微生物があつまり、石油や有機水銀を分解をして私たち人間が引き起こした社会問題を解決してくれたのです。

本来は自然に還らないはずの有機水銀まで分解してしまうってすごいと思いませんか?もし微生物がいなければ、今も私たちはあらゆる問題に悩まされていた可能性が高いでしょう。

微生物は医療の分野でも大いに貢献してくれています。今では当たり前のように医療現場で使われているペニシリンという抗生物質がありますが、これも微生物から作られた医療材料になります。

これらはほんの一例に過ぎません。私たちは当たり前のように日常を過ごしていますが、そのための環境を常に整え維持してくれているのが微生物なのです。微生物は私たちの住環境や地球環境をよりよく保つ上で欠かせない存在だと言えます。

そして、まだまだ発見されていない微生物の方が多く、それらの微生物はあっと驚かされるような機能や特徴を持っているのです。私のミッションは、これら微生物がもつ未知なる可能性や力を解き明かし、人の暮らしや健康、大きな社会問題を解決しながら地球そのものを守ることです。

その中で今私が最も力を入れて取り組んでいるのが「微生物を使ったプラスチックの開発」です。

プラスチックは一般的に石油から「化学合成」で作られます。そのプラスチックの原料を作る「微生物」を自然界から新しく探し出し、地球によいプラスチックの開発へと繋げる研究です。 世界で唯一の研究であることから、「そんなことが本当に可能なのか?」と思われることもありますが、実現化はもうすぐ目の前まできています。

地球に良いプラスチックをつくる

研究を進める上でわかったことは、ある特定の微生物が作る代謝物がプラスチックの原料になるということです。

石油製のプラスチックが開発された当初は、環境問題にはスポットが当てられず、その利便性ばかりに焦点が当てられ、大量生産・大量消費されてきました。その結果、地球上には分解されないプラスチックが溢れかえっています。さらに、これらのプラスチックを処分するとなると、大気中の二酸化炭素が増加し、地球温暖化が進むなど、大きな環境問題を生み出します。

ですが、そのプラスチックの原料が「石油」から「微生物が生み出す代謝物」に変わることで、二酸化炭素の問題が改善されます。 プラスチックを処分すると二酸化炭素が生成されますが、この二酸化炭素が再び植物に取り込まれることで大気中の二酸化炭素の量が増えないことをカーボンニュートラルといいます。微生物は植物バイオマスを発酵して代謝物を生み出すので、それがプラスチックの原料となればカーボンニュートラルが達成でき、地球温暖化を抑制できることになります。また、その一部は生分解といって環境中の微生物の働きによって分解され土に還り、海洋プラスチックゴミも分解され自然へと還っていくことなります。

図1.バイオマスプラスチックの概念図

まさに「地球に良いプラスチック」を生み出すことが可能になり、プラスチックに対するネガティブなイメージや概念そのものが変わってしまうでしょう。

さらに、私の研究はここでは終わりません。

先ほどもお伝えした通り、微生物は私たちの想像を超えた可能性を秘めています。研究を進めるなかで、「微生物が生み出す代謝物」は、「抗がんや抗炎症効果」などの新しい機能を持つことがわかってきました。 これまでのプラスチックは、単なる容器や造形物としての機能しかありませんでしたが、「微生物が生み出す代謝物」から人の健康や命を守るための機能を兼ね備えたプラスチックを生み出すことができる可能性があります。自然の力を使って現代病を克服することにもつながり人類にとっての大きな希望となると確信しています。

世界を変える微生物を探す旅 ~対象範囲は地球上のすべて~

微生物を使ったプラスチック開発の研究は大きくは2つのプロセスからなっています。
1つは、サンプルとなる微生物の収集。2つ目は収集した微生物の分析です。
この2つを通して、プラスチックを作る上で有効な微生物を探し当てるのです。この作業は、宝探しに通ずるものがあります。

地球上のどこかにある宝箱を探す感覚

現在、有効な微生物を探す上での手がかりは、ほぼ無いと言ってもいいでしょう。わかっていることは「この地球上のどこかに目的となる微生物がいる(はずだ)」ということだけです。この仮説のもと、ゼロの状態からすべてを手さぐりで進めていくことになります。

土地の属性からある程度、「ここの土壌にはこのような性質の微生物がいるはずだ」と予測できれば良いのですが、同じエリアであっても、季節や気候、温度、など様々な条件で生息する微生物は変わってしまい、法則性はありません。選択肢は地球上のすべてとなってしまうわけです。

ですが、確かにこの地球のどこかに目的の微生物が存在しているわけです。ですので、各地から微生物が住んでいる土を集める作業からスタートになるということです。

それはまるで、この星に隠された宝箱を、ただその存在を信じながら探すことと似ていると感じますが、実際は微生物の収集だけのために世界を旅するわけにはいきません。 ですので、出張や旅行にいく際は必ず、訪れた土地の土をサンプルとして採取します。

図2.採取した土

このようにしてあらゆる土を採取したら、次にやることは分析です。採取した土の中には、1グラム当たり数十億という微生物が存在していて、それら1つ1つがプラスチックの原料を作っている可能性を持っています。

1グラムのサンプルに数十億もの微生物がいるので、当然ですが、それらを1つ1つ調べていては、私の命がいくつあっても時間が足りません。
ですから、この研究に求められることは、いかにして「効率的に土の中から目的の微生物を発見できるか」ということになります。 この「発見する技術」がない限り、採取したサンプルの分析に着手することができませんので、「どうにかして目的の微生物を発見する技術」を生み出せないか、数年ものあいだ常に考えていました。

ヒントは思ってもみない所にあった

ヒントは意外なところに落ちていました。
微生物を扱うバイオの分野では、そもそも「プラスチック原料を作る微生物を探す」という発想がなかったため「そのために必要な技術」はありませんでしたし、そのヒントすらありません。


そんなことをずっと考えているなかで、私は今の大学(京都工芸繊維大学)に移ることになります。

この大学には化学を専門とする先生が多く、バイオ分野にいた私からすると、どれもが新しい情報で全く違う世界にきたかのような感覚を受けました。 そんな先生方の話を聞くなかで、「化学の技術をバイオ研究に応用すれば良いのではないか?」ということにある日気づいたのです。この気づきがキッカケとなり、そこからは、「化学の技術をどのようにして微生物に応用するか」その方法を模索し続けました。そして、次に紹介する「ある2つの合成反応」を使うことで目的の微生物を効率的に発見することができるとわかり、目的の微生物を発見する技術が完成したのです。詳細は次のパートに譲りますが、この技術こそが私の研究の中核をなしていると言えます。

(後編に続く)

研究者プロフィール

麻生祐司 教授

あそう ゆうじ

主な発表論文・関連特許

DISCOVER: A facile structure-based screening method for vinyl compound producing microbes

著者名 : Y. Aso*, M. Sano, H. Kuroda, H. Ohara, H. Ando, K. Matsumoto.
掲載誌名 : Sci. Reports
出版年月 : 2019年
巻・号・頁 : 9(1), 16007

Microbial screening based on the Mizoroki-Heck reaction permits exploration of hydroxyhexylitaconic-acid-producing fungi in soils

著者名 : M. Sano, R. Yada, Y. Nomura, T. Kusukawa, H. Ando, K. Matsumoto, K. Wada, T. Tanaka, H. Ohara, Y. Aso*掲載誌名 : Microorganisms
出版年月 : 2020年
巻・号・頁 : 8(5), 648

Biobased poly(itaconic acid-co-10-hydroxyhexylitaconic acid)s: Synthesis and thermal characterization

著者名 : Y. Aso*, M. Sano, R. Yada, T. Tanaka, T. Aoki, H. Ohara, T. Kusukawa, Matsumoto, K. Wada
掲載誌名 : Materials
出版年月 : 2020年
巻・号・頁 : 13(12), 2707

Production of R– and S-1,2-propanediol in engineered Lactococcus lactis

著者名 : R. Sato, M. Ikeda, T. Tanaka, H. Ohara, Y. Aso*
掲載誌名 : AMB Exp.
出版年月 : 2021年
巻・号・頁 : 11, 117